今日で一週間目だね。
何が……?
あなたの隣の席のあの子。 ずっと休んでるよね。
そうだね。
やっぱり……あれが原因なのかな。
あれって?
あれだよ……あの……机。
…………。
正直、私も気味が悪いんだ。
本音を言うと、 私も休みたいくらいなんだよね。
最初はさ、私も調子に乗って…… 机にラクガキしちゃったんだけど。
机を移動させたりしたのも、 キミがやったの?
あれは違うよ! でも……。
後から考えると、 あれが原因だったのかな、って……。
なんか……この教室で起きた、 おかしなことすべての原因になった みたいで……。
それで、だんだん…… 怖くなってきちゃって……。
先生も…… あんなことになっちゃったしね。
あの机…… どこかに移動してくれないかな。
バカバカしい……。
たかが机ぐらいで、 貴重な出席日数を減らすなんて 頭がどうかしてるよ。
そうだね。
きっと──たぶん、 キミの言うとおりなんだと思うよ。
あれはただの机。
冷たいようだけど、先生のことは 不幸な偶然としか言いようがないね。
あそこには、元から誰もいなかった。 そうとしか言いようがない。
なのに、どうして……。
私たちは、あそこに誰かがいる と思い込んでしまったのかな。
人間の知覚ってさ、 どういう仕組みか知ってる?
知覚の仕組み……?
たとえば、目と鼻と口があれば、 それは人間の顔だと思えるだろ。
黒板にさ、横棒を2本並べて書いて、 それから縦棒を1本、 最後に小さな丸──
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ほら──こんなふうに。 顔みたいに見えるだろ。
たしかにそれっぽく見えるけど……。
机と椅子を見ただけで、 そこに誰かがいたんじゃないか、 って……。
教室のみんなが思い込んでる、 とでも言いたいの?
ゲシュタルト知覚っていうのはね、 そういうものなんだ。
げしゅ……たると?
ほら。 携帯で掲示板とかを見ると、 たまにあるだろ。
アスキーアートとかいうやつも、 そのひとつさ。
単体の記号の寄せ集めなのに、 全体像を見ると──
人物だとか キャラクターの造型になったり、 風景が見えたりするわけだよ。
机と椅子が記号で、 そこに誰かがいたかもしれない って思うことが全体像……。
そういうこと?
そのとおりさ。
探偵小説によくある 推理の場面みたいなものだよ。
材料となるパーツを見ることで、 部分の集合体が構成する全体 ──その形を推測する。
その推測を元に、 脳が情報を知覚するわけだ。
はっきり言ってしまえば 人間の知覚なんて、 ひどくいい加減なものなんだよ。
さらに言えば 人間の知覚作用っていうのは、 心の分野にまで及んでいる。
さっきの話だって、 ゲシュタルト心理学なんてものまで あるくらいなんだ。
人間の五感だって いい加減なものにすぎないのに、 ましてや心なんて──
自分でもわかっていないだろ。 違うかい?
じゃあ、そこにさ…… 誰かがいたかもしれない、って……。
そう思い込んでるだけなの。 私たちは?
集団幻覚だのヒステリーだのは、 そういうものだろうね。
ないはずのものがそこにある。
その事実を みんなで信じ込みたいんだよ。
嘘を本当にしたい、っていうことさ。
じゃあ、やっぱり…… あの子の言ったとおりだよ。
何が?
あの子は言ってたよ。 この教室はおかしい、って。
みんな、 おかしくなってるのかもしれないね。
そうかもしれないね。 あんなことがあったあとなら、 なおさらだ。
『あなた誰なの?』か……。
あそこには、誰もいなかった。
先生が死んだときだって──。
あそこには、誰もいなかったはずだ。