『あなた誰なの? ~6~』

今日で一週間目だね。

何が……?

あなたの隣の席のあの子。 ずっと休んでるよね。

そうだね。

やっぱり……あれが原因なのかな。

あれって?

あれだよ……あの……机。

…………。

正直、私も気味が悪いんだ。

本音を言うと、 私も休みたいくらいなんだよね。

最初はさ、私も調子に乗って…… 机にラクガキしちゃったんだけど。

机を移動させたりしたのも、 キミがやったの?

あれは違うよ! でも……。

後から考えると、 あれが原因だったのかな、って……。

なんか……この教室で起きた、 おかしなことすべての原因になった みたいで……。

それで、だんだん…… 怖くなってきちゃって……。

先生も…… あんなことになっちゃったしね。

あの机…… どこかに移動してくれないかな。

バカバカしい……。

たかが机ぐらいで、 貴重な出席日数を減らすなんて 頭がどうかしてるよ。

そうだね。

きっと──たぶん、 キミの言うとおりなんだと思うよ。

あれはただの机。

冷たいようだけど、先生のことは 不幸な偶然としか言いようがないね。

あそこには、元から誰もいなかった。 そうとしか言いようがない。

なのに、どうして……。

私たちは、あそこに誰かがいる と思い込んでしまったのかな。

人間の知覚ってさ、 どういう仕組みか知ってる?

知覚の仕組み……?

たとえば、目と鼻と口があれば、 それは人間の顔だと思えるだろ。

黒板にさ、横棒を2本並べて書いて、 それから縦棒を1本、 最後に小さな丸──

- -   |   o

ほら──こんなふうに。 顔みたいに見えるだろ。

たしかにそれっぽく見えるけど……。

机と椅子を見ただけで、 そこに誰かがいたんじゃないか、 って……。

教室のみんなが思い込んでる、 とでも言いたいの?

ゲシュタルト知覚っていうのはね、 そういうものなんだ。

げしゅ……たると?

ほら。 携帯で掲示板とかを見ると、 たまにあるだろ。

アスキーアートとかいうやつも、 そのひとつさ。

単体の記号の寄せ集めなのに、 全体像を見ると──

人物だとか キャラクターの造型になったり、 風景が見えたりするわけだよ。

机と椅子が記号で、 そこに誰かがいたかもしれない って思うことが全体像……。

そういうこと?

そのとおりさ。

探偵小説によくある 推理の場面みたいなものだよ。

材料となるパーツを見ることで、 部分の集合体が構成する全体 ──その形を推測する。

その推測を元に、 脳が情報を知覚するわけだ。

はっきり言ってしまえば 人間の知覚なんて、 ひどくいい加減なものなんだよ。

さらに言えば 人間の知覚作用っていうのは、 心の分野にまで及んでいる。

さっきの話だって、 ゲシュタルト心理学なんてものまで あるくらいなんだ。

人間の五感だって いい加減なものにすぎないのに、 ましてや心なんて──

自分でもわかっていないだろ。 違うかい?

じゃあ、そこにさ…… 誰かがいたかもしれない、って……。

そう思い込んでるだけなの。 私たちは?

集団幻覚だのヒステリーだのは、 そういうものだろうね。

ないはずのものがそこにある。

その事実を みんなで信じ込みたいんだよ。

嘘を本当にしたい、っていうことさ。

じゃあ、やっぱり…… あの子の言ったとおりだよ。

何が?

あの子は言ってたよ。 この教室はおかしい、って。

みんな、 おかしくなってるのかもしれないね。

そうかもしれないね。 あんなことがあったあとなら、 なおさらだ。

『あなた誰なの?』か……。

あそこには、誰もいなかった。

先生が死んだときだって──。

あそこには、誰もいなかったはずだ。

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公開日 2012/06/21 22:05 再生回数 17

作者からのコメント

みんなは知らないけれど、僕は知っている。 そこには、誰かがいたはずなんだ。 だけど、どうしても僕には思い出せない。 いたはずなんだ。いたはずなんだ。 ほら。今も、そこで僕らを見ている。 (全8回)

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