本日は神社まで、なんと突撃訪問のアポなしで来ちゃいましたー!
イエーイ!
いえーい
静かな林の中にポツンと立つ神社の境内で、まずは騒がしくも姦しい掛け声があがった。
見ていて癒されそうな、そんな可愛らしく和やかな空間を、しかしぶち壊さんとするような低く野太く粘りつくような声もする。
巫女だ!まずはなににつけても巫女さんだ!!さぁカモン!!
フハハハハハハー、と石道の上で踊りだしそうなほど狂喜するメガネを、先に居る女子三人組は冷ややかな目で見つつ、こそこそと会話を始めた。
……誰よ、飯島を連れてきたの。
ゴメンナサイ……
ううん、大丈夫。ミヤちゃんは謝らなくていいよ。
それにほら、今回の「獣の耳を持った巫女」とかいうのの事を教えてくれたのも飯島くんだって聞いたし。
うん……それで、道案内もしてくれるっていうから連れてきてはみたんだけど。
イヤフォォウ! という声が後ろから響く。三人はチラッと振り返ってすぐに向き直っていた。大口開けて笑いながらブレイクダンスをするのは正直気持ち悪い。
……ここの神様に祟られたりしないといいんだけど。
あれのとばっちりだけはごめんこうむるわ……
だ、大丈夫だよ。ここに祭られてるの、土着神だって聞いたから!
落ち込んだり慌てたり、表情豊かに語り合う三人娘がここにいるのは、簡単に言えば気紛れの暇潰しのためだ。
ここにいる四人は新聞部ではあるが、今は大きな活動もなく暇を持て余していたところに飯島が持ち込んだタレコミは、それを潰すのに丁度よかったのだ。
よって即座に行動を開始した新聞部員総勢四名は、放課後の16時にここまで辿り着いた次第である。
土着神とか余計気が重くなるじゃない!せめてもうちょっと気性の穏やかなのを祀りなさいよ!!
あ、ごめん間違えちゃった……
おおう、まったくミヤちゃんはかわいいなぁ。
とても流麗な棒読みであった。
えへへ~、頭撫でないでよ~マーちゃん~。
……もしかしてこの中でまともなの、私だけ?
いいや! ヒロちゃんは最早この中ではイカレているレベルだよ!我々のことをとやかく言う資格はないねっ!
ビシィッ! という綺麗な音が響きそうなほど勢いよくポーズを取り、指を向けていた。
なんで私がイカレているのよっ!?
……そうか、忘れちゃったんだね、ヒロちゃん……
この前、歴史の授業の最中に勢力を「性力」って聞き間違えて暴走した挙句、淫語を大量に学校の中で叫んだのを……
あぐっ!? そ、それは……
あー、うん。あれは酷かった、マジで酷かった。正直引いた。
い、飯島にまで言われるのか……!? ドが三つ以上つくレベルの変態こと飯島に……!?
ブレイクダンスを続ける飯島の冷めた言動に、膝をついて倒れるヒロこと西垣広香(ニシガキ ヒロカ)。顔が青ざめ、打ち震えている。
いや、俺は変態じゃないし。ちょっと巫女さんが好きなだけだし。
え?
え?
………………
いや二人とも、その「え?」はおかしいだろ。
脚は上を向き、頭や首を使ってぐるんぐるんとブレイクなダンスを飯島は続けながら疑問をぶつける。
おかしいのはキミッ!どう考えても現在進行形で変態じゃない!!
なんだよそれ、俺は虫じゃないんだから変態なんて進行させられねーよ。
ぐるんぐるん。
いや、虫がどうとかじゃなくてね……
? じゃあ変態が進行してるってなんだ?
ぐるんぐるん。
だから私たちが言ってるのはそのダンス……
あ、おい近づくなよ、危ないしパンツ見え……たぞ。
! やっぱり変態だよっ!!
学校から持ってきたカバンを、踊り狂う飯島に叩き落す。彼女、愛崎舞子(マナサキ マイコ)は頬を染めつつ、力は全力を込めていた。
うおっ、あぶねぇ頭が地面に当たりそうにっ……! 見ちゃったのは俺のせいじゃないだろ、おいっ!?
知らない!バカ!スケベ!
あ、おい!?
スタスタと、飯島からそっぽを向いて離れていく。飯島は止めようとするも聞いていない様子だった。
ったく、なんで俺が……
いや、仕方ないと思う。というか飯島君、特に何も思ってないの?
こう、得したなぁ、とか。
いや、損とは思わんが……特に水色が好きってわけじゃないしなぁ。
……水色だったんだね、今日のマーちゃん。それはともかく。
新聞部に入って一ヶ月ぐらいの頃に「皆のために巫女服持ってきたぜ! サイズは目測で測れたから多分丁度いいしみんな似合うというか巫女さん以外は世
の中ゴミだ! あ、脱いだ服とか下着とかは俺が回収しとくから安心しろよ!」とか鼻血垂らしてサムズアップしながら言って、怒ったあたしたちがボコボコにし
た人とはとても思えないよ。
いや、それはもう酷い目にあったからな。諦めたわけじゃないが、口には出さんことにした。
まぁ、見るだけなら別に問題なくね? タダみたいなもんじゃね? 手に掴んでこそじゃね、というのが俺の好むところなだけだ。
……飯島君、やっぱり変態だよ、それ。
え、笑ってるのに恐ろしいんだけど。いや、今のはちょっと言ってみただけなんですごめんなさい。
ん。じゃあ今日は許してあげる。
怯えた表情の飯島がその言葉に安堵したのを確認してから、ミヤ、雅 宮火(マサ ミヤビ)は神社に続く石道の真ん中に近い部分まで行き、辺りを見回す。
いまだ膝をついている広香は、立ち直るのに時間がかかりそうで。
林のほうを見ながら体育座りになってる舞子もクールダウンしきれてないらしい。
飯島は、最早どうでもいい。
……この面子、本当に大丈夫なのかな……
はなはだ不安を感じずにはいられない状態だった。
ま、いざって時にはあたしがいるから大丈夫だけどね!
ふふん、と胸を張った時だった。木についた葉が揺れて、ざわめき始めた。
風によって生まれた自然の音が、みんなの耳に入り――
……何をしてるんです、あなたたち?
それに乗ってやってきたような、軽やかな誰かの声が聞こえた。
全員が本能に命じられるまま、その声が聞こえた方に振り向いた。その先にいたのは――
ぴょこん。
頭の上にどう考えても人のものではない耳を立たせ、二の腕を露にしている巫女の姿をした少女が、境内に座っていた。
四人はその異形を認識し、息が詰まる。対して少女はあどけない顔を軽く傾げただけで、平静のように見える。
どうかしましたか?
落ち着いた、けれども少女らしい愛らしい声。四人とも、それでたしかに緊張が薄れた。だが、次はどういう応対をすればいいのか、という不安が湧く。
だが一人。
イヤフォォォォウ!!巫ぃ女さぁんじゃあぁぁぁぁぁぁ!!
不安とは無縁なように、一人至福の歓びを謳う飯島がいた。腕を掲げて叫ぶ姿には、落ち着き払っていた少女もビクン、と身を振るわせた。
ふぇっ!?
ダダダダダッ、と駆け寄っていき、少女の手を飯島はとる。少女が辺りを見回しても、緑が茂る林とポカーンとしている三人娘しか目に入らない。
俺、飯島っていいます!今後ともよろしく!巫女ちゃん!
あ、は、はい!? よろしくお願いします!?
いやぁ、しかしあれですね! はいてない巫女とは、基本に忠実ながら眼福、いえ最高です!!
え、は、袴は履いてるじゃないですか! 何を言ってるんですか!?
「袴は」……? つ、つまり下ははいてないと、分かっていたけどやっぱり言質があると興奮す――
いいかげんに……
しなさいっ!
カバンの波状攻撃が、飯島の後頭部を何度も打った。
興奮状態のドドド変態もとい飯島を物理的に落ち着かせた後、五人はぎゅうぎゅう詰めに近い状態で境内に座っていた。
無論、飯島は巫女少女からもっとも遠い位置である。
この配置、納得いかない。
いいから、飯島くんはヒロちゃんの隣。巫女ちゃんの近くには置いておけない。
そうだ。お前を近くに置いたらほぼ確実に何かしでかすからな。
無論私に手を出しても文字通り潰す。
いや、しねぇよ……
何か、言ったか?
なにも。
ほら三人とも、ちょっと黙ってて。巫女ちゃんが話せないじゃない。
……えっと、巫女ちゃんってわたしですか?
そうだよ。ちょっと名前がわからなかったからこう呼んでるんだけど……ダメ?
いえ、嫌ではないんですけど……まぁ、それはいいです。
あなたがたは、ここになにか御用があるんですか?
うん、あったよ。
ま、今はその用事の真っ最中なんだけどね。
え? それって……
うん。私たちの用事はあなた。
ここに狐みたいな耳を生やした巫女の格好をした子がいるって聞いたから、いろいろ聞いてみたいなぁって。
それで、今日はここまで来たの。
そうだったんですか。ほとんど人も来ないので、来てもらえて嬉しいです。
そういってもらえると、あたしも嬉しいかな。
あ、あたし、雅 宮火っていうの。よろしく!
私は西垣 広香。よろしくね。
愛崎 舞子。以下同文。
あ、俺は……
イイジマさん、ですよね。さっき聞きましたし。
っしゃぁぁぁぁ! 巫女ちゃんに名前覚えられて呼ばれたぁぁぁぁ!
横で大声出さない!
ヒロちゃん。飯島くんだからしょうがない。
肩を叩かないで! たしかにそうかもしれないけど、治せないとは決まってないわ!
ヒロちゃん、地味にヒド~い……
ハッハッハ! 今日ばかりは何を言われても気分がいいぞ!
ぐぬぬ……!
……ふふ。みなさん、とても仲がいいんですね。
え、今の様子を見てそう思うの……?
はい。とても楽しそうですよ?
そ、そうだった? まぁ、今日はこれくらいにしておこうかしら。
残念です。あ、皆様に名乗らせておいて、申し訳ありません。
わたしは狐乃魅(コノミ)と言います。以後、お見知りおきを。
コノミちゃんね。 それで早速なんだけど……聞いてもいいかな、耳のこととか。
構いませんよ。特に隠しておかなきゃ呪われるというわけでもありませんし。
ありがと。それじゃ、なんで頭に狐の耳が……?
ここは稲荷様を祀ってますから。それでわたしもこんな姿で現れてるんでしょうね。
現れて? もしかしてあなた……
はい、人間じゃありません。霊とか式神とか、そんな感じのものですよ。ちょっと野放しにされすぎたのでここのお掃除とか、今後のお世話で派遣されまして。
わぁ。なんともファンタジック。
まぁ、目に見えないものが大半ですからね……あるんだ、なんて言っても無いとしか立証できないと思いますよ。
それじゃ、なんで俺たちはコノミちゃんの姿が見えるんだ? もしや俺の巫女愛の力が……
あ、あい……!?
ほら飯島、コノミを困らせないの。
いや、しかしだな、偽りようがないこの気持ちは……
飯島くん、少し黙ってないと明日からここに立ち入り禁止にするよ?
よし、黙る。
素直だなぁ……
それで、実際のところどうしてコノミちゃんの姿は見えるの?
あ、えーと、わ、わたし、そういう見えないようにするとかそういう力は働かせないよう上に頼んだので……
そういうのありなんだ。てっきり見せないのを義務化してるのかと思ってた。
基本的には見せないほうがいいって言われてるんですけどね。ここはあまり人も来ないからすぐ申請が通りましたけど。
そっか、多くの人に見られなければいいんだね。確かにテレビとかの取材に来られても面倒だろうし。
あ、そういう時は携帯用の引きこもり倉を出して居留守すればいいって言われてますよ。
……それでいいのか、というかそれ、引きこもりというよりたてこもりじゃないか?
そうともいいます。要は人目につかなければいいのですよ。
なるほどねー。
ところで、そこまでして姿を隠さないのには理由があったりするの?
理由ですか? それは勿論、堂々とお仕事をしていたいですから。見られて困るようなことなんて何一つしてないのにコソコソ姿を隠すのは嫌です。
でも、多くの人に見られすぎると問題になるんでしょ?
だったら多くの人が来るようなところで仕事なんて、やりませんよ。たまにこうして皆さんみたいな人と話すぐらい静かにやっていきたいです。
仕事が少ない分安い給料ですけど、わたしは誰かに見てもらえることが一番嬉しいですから。皆さんぐらいの一部の人たちに、ね。
どうかしました?
ん、なんでもない。ただ、今日は大きなボツネタが出来たなって思っただけだから。
ボツ……?
気にしない気にしない。それじゃああたしたち、そろそろ帰るけど……また来てもいい?
もちろん! お茶くらいは出しますよ!!
よし、毎日来よう。
飯島、あんた……
冗談だ。それでもよく来ることにはなるだろうけどな。
ごめんねコノミちゃん。飯島くんが鬱陶しくなったらいつでも追い出していいから。
のーぷろぶれむ、ってやつですよ!
ほらみんな、早く行くよ。次のネタ、探しに行かなきゃいけないんだから!
じゃね、コノミちゃん! コノミちゃんのお仕事、これからじっくり見させてもらうから!
それではー!
最初に会ったときは、落ち着いた不思議な女の子だと思っていた。だけど今では、こんな明るい笑顔で自分のことを誇っている素敵な子だとわかった。
刺激的でもなければ、甘ったるいわけでもなかった平坦な生活。それを乾ききったように受け入れていた中で、コノミちゃんの存在は潤いのように見えるのだ。
つまるところ、あたしはこうまとめたい。
――あたしたちの楽しい学園生活はこれからだっ!