これは、ある夏の物語。
… …… ………
ミーンミンミンミンミンミンミンミーン ……… ミーンミンミンミンミンミンミンミーン ………
高い空に散りばめられた雲が目をひく。 その中に蝉の声が突き抜けてゆく。
青と白のコントラストを演出するかの様に、蝉のオーケストラが鳴り響く。 ソクラテスの小説の舞台が夏だったらこんな感じなのだろうか…なんて、
徹 「現実逃避してる場合じゃないぞ、俺ッ…!!」
高校三年の夏と言えば、進むべき進路の為、家に籠もりながら一日勉強漬けが醍醐味である。
にも関わらず、その進むべき道が見えない俺は、夏休み中の学校に忍び込んでいる。つまり、勉強をサボりに来た。
徹 「とは言うものの、目標が無いとやる気にならないよなぁ…」
親には図書館に行くと言ってある。 あの人達は、俺の現状を知らない。
嘘をついた事に罪悪感は無かった。 親に隠し事ができてこその思春期だ。
いや…義務感に駆られるのが嫌で逃げ出した自分への言い訳なのだろう。
そうして辿り着いたのが学校の屋上なわけで。 何も無いこの屋上が、俺と重なってお似合いな気がした。
? 「あっ!!やっぱトオルっちだ!おーい!!!」
いきなり声を掛けられて用務員に見つかったかと思ったが、そんな疑念はすぐに消えた。
徹 「やっほーミツルっち!今日も元気だなー」
光流 「………え何そのテンション。気持ち悪いんだけど」
徹 「お前に合わせただけだ」
光流 「あ、そのツッコミの鋭さは本物のトオルっちだぁ〜」
光流 「学校の前通り掛かったら、トオルっちに似た人が入ってくの見たんで追いかけてきたんだけど正解だったわ」
こいつは一条光流(いちじょうみつる)。お調子者でクラスのムードメーカー兼トラブルメーカーだ。
俺とは中学からの付き合いで、性格があまり似ていないのに馬が合う。 付きまとわれてる俺も…まぁ、やぶさかではない。
「馬が合う」なんて言葉があるが、まさにそんな感じだ。 それも、光流が見た目程馬鹿ではないからだろう。
…決して、俺と光流の成績が良いわけでは無いことが残念だ。 あくまで成績は中の中だ。
光流 「ところで…なんで学校に侵入してんのよ。なんかあったの?」
徹 「い、いやーそれがさー」
光流 「いや!わかる、わかるよぉ!?お家で継母から嫌がらせを受けてとうとう居場所が無くなって逃げようと思ったら、逃げる場所も無くて行く宛も無くて仕方ないから誰もいない学校に避難してきて、更に見つからないように屋上の扉を開け放って、
「空…高いな」
とか言いながら現実逃避してたんでしょ〜?」
徹 「………………………」
徹 「埋めるぞ。あと脱力すんな、ウザイ。ついでに1つも合ってない。そんな変な妄想しちゃうお前の残念脳髄を西洋の拷問器具とかでパックリ開いて裁縫下手な女子にコショウをかけながら縫わせるぞ」
光流 「冗談だよ〜、じょ・う・だ・ん! も〜、トオルっちは相変わらずカタイなぁ〜っ」
光流 「んで?マジでどったのよ? トオルっちって生徒会役員じゃないっしょ?」
徹 「あぁ…まぁ、簡単に言えば勉強するのが嫌になったから気分転換しに来た」
光流 「あ〜わかるわかる!俺も最近は部屋に詰め込まれてるもん。強制引き篭もりさせられてるよぉ〜」
徹 「あれ?光流って実家の家業継ぐんじゃないのか?」
光流 「それがさー聞いてよー。親父がいきなり「勝手を知らない奴には継がせん。大学で学んでこい」とか言っちゃって、あれよあれよという間に受験コースにINだよぉ〜。なんか家族総出で押してくるから、窮屈で仕方ないよぉ〜」
徹 「おお、そうなのか!確かに、いくらホテルを継いでも接客が上手いだけじゃあな。親父さんが正しいよ」
光流 「ぶぅ〜っ。トオルっちまで親父の味方かよ〜」
徹 「というか、家族総出で応援してくれるなんて、環境整ってて羨ましいよ。そして受験地獄へようこそ」
光流 「そーかなー? ……つーか、マジで継母さんと上手くいってないの?」
徹 「ッ!!…そんなこと無いよ。」
徹 「ただ、気を遣ってくれてるのはありがたいんだけど、それが逆にな…」
光流 「うーん、そっかぁ…。トオルっち、気ぃ遣われんのとか苦手だもんねぇ」
徹 「お前は最初からその性格だったから付き合い安かったけどなッ!!」
光流 「お?俺、もしや褒められた!? ヒャッホーイ!!」
徹 「嫌味だよ気付けよ!!! はぁ…」
徹 「ま、それだけだよ。他は本当に良い人だからさ。親父と違って受験の応援もしてくれてるし」
光流 「ん…そっか。なら万事問題なし!って事やね」
光流なりに気遣ってくれていたのだろう。案外…というか、見た目通りのお人好しだ。 そこがこいつの良い所なのだが。
徹 「おう。ありがとな。 ところで、もしかして今日って生徒会役員の…」
? 「お前たち!そこで何をしている!」
徹&光流 「げ…」
? 「生徒会役員会ならとっくに始まって…」
? 「…ってあれ?桐谷くんと一条?なんでここにいるのよ?」
光流 「なんで俺だけ敬称略されてんの!?」
続く…