酒は酔わせる毒であり、閉じた心を開く薬である。
ここは居酒屋‐陽(ひなた)‐。小さな居酒屋ながらも最近にわかにネット上でも評判になってきた、期待の新星的な店だ。
今日はそんな店に、一人の客がやってきた。
――ガララッ
あ、いらっしゃいませー!
念のため忠告しておくと、彼は店長だ。未成年に見えると評判だが、立派な25歳である。学生服のように見える服は趣味で着ているものだった。
こんちわー。
お一人様ですか?
おぅ、そうだよ。
それでは奥の席へどうぞ。
‥‥‥‥ ‥‥‥ ‥‥ ‥
それではどうぞごゆっくりー。
‥‥‥ったくよぉ、せっかくアニメ化作家様が古巣に来たってのに、何もなしどころか入れすらしねぇとかなんだってんだ。
あー、でも母校にだけはサイン入れた新作置いてこれたんだった。無断だけど。ぶひゃはははは!
(なんだか独り言が多いお客さんだな‥‥‥)
「つぶやいたらぁ!」の方にもサイン本テロしてきたって書いといたし、これであそこ目指すやつも増えるんだろーな。俺天才だし。
(えーっと、とにかくスマイルスマイル‥‥‥)
お客様、ご注文のビールになります。
ん、どーもね。
それでは、何かあればすぐにお呼びください。
よっし、早速呑むか。あ、帰ったらドルクエⅩでもやるかね‥‥‥。
‥‥‥あーっ、やっぱ酒うめー! 仕事せずに呑んでるほうがやっぱ楽しいわ!!
(いや、仕事はやれよ‥‥‥)
そうだ。ちょっと「つぶやいたらぁ!」のほうで‥‥‥
(ん? なにか思いついた顔をしたと思ったら携帯をいじりだしたな‥‥‥)
‥‥‥悪いことじゃなければいいけど。
‥‥‥よし。「ただいまオオサカの‐陽(ひなた)‐で一人酒中!来たい人は来てね!」、と‥‥‥送信!
参ったなー、これで大阪中の俺のファンが来ちゃうよー。とりあえず酒飲んで落ちつこ‥‥‥
あ、携帯いじるのやめた。 ‥‥‥気にしないほうがいいだろうな。
一時間後‥‥‥
店員さーん!ビール、ビール持ってきて!!
はーい! (あの客ペース速いなぁ)
お待たせでーす。
アッハハハ、店員さん仕事速いねー!あいつもこんぐらいは速かったらいいのにー!!
あいつ? お客さん、誰かと組んでやる仕事をしてるんですか?
うん、作家。アニメにもなったよ。
ああ、作家さんなんですか! それなら納得です。
‥‥‥ところで、どういう作品を?
ん、ちょっと待ってな。荷物の中に両方とも入ってたと思うから。
ガサガサ‥‥‥
ほいあった。これとこれね。
えぇっと‥‥‥
(インフィニティ・ストライクに‥‥‥崩壊のバトルフィールド、か。どっちも読んだことはないな‥‥‥)
えぇと、すみません。アニメ化、というのはどっちですか?
今はインフィニだけだねー。ま、でもその内もう片方もやるはずだから。応援してくれるとありがたいかなー。
まぁ、陰ながら応援させてもらいます、ということで。
あ、その二つは持ってっちゃっていいよ。特にあげる相手はいないし。
ありがとうございます。それでは、ごゆっくり。
あいー。
‥‥‥さて。
おーい、バイトさーん。
はい?
この本の作者さんなんだけどさ、なにか知ってたりしない? バイトさん、こういったものに詳しいじゃない。
あ、そういうことですか。では少しお借りしますね。
‥‥‥
‥‥‥
ば、バイトさん? なんか目に見えて暗くなってるよ?
‥‥‥これ、どこで手に入れたんですか?
どこって‥‥‥今著者さんが来てるから直接もらったんだけど‥‥‥
え、本人いるんですか!? どこに‥‥‥
酒、ウマー。
ほ、本当にいたぁー!? どうしましょう、正直この世で一番会いたくない人間ですよあれ!?
ほらバイトさん落ち着いて。 会いたくない人間ってどういうこと?
一回話してみた感じ、そこまでダメな人とは思わなかったけど。
そ、そうですね。すみません、一からちゃんと教えますので。
‥‥‥口にするだけでも気分が悪いんですが、この本の作者――ダラズルニジルというのはですね、すこぶる評判が悪いんですよ。
仕事放棄で温泉逃亡、イベントでのマナー違反行為、特に面白い箇所もない作品‥‥‥
最近ではもしかしたら仕事を共にするかもしれないイラストレーターの方々に擦り寄っているのだとか。
あれ、でもさっきあいつも仕事速かったら‥‥‥みたいなことを言ってたけど。今一緒に仕事してる人だけは悪く言ってるのかい?
とんでもありません!仕事が遅いのはニジルのほうです!!
‥‥‥まぁでも、崩壊のほうは絵師さんも仕事は遅いですけど。
ほかにも色々悪評が飛び交っていたりはしますが、とにかくいいように言われるのはあまり見ない作家さんですね。「ニジルは煮汁どころかただのお湯」などと
言われたりしてますし。
‥‥‥すごい人だね。それ。
まぁとにかく、一度「つぶやいたらぁ!」のほうを見てみれば色々と‥‥‥
あら?
ど、どうしたのバイトさん。こんな時に携帯見たりして。仕事中だけどさ。
い、いえその、ニジルの「つぶやいたらぁ!」を見たらですね、不穏なつぶやきが‥‥‥
と、とにかくちょっと見てみてください!
「ただいまオオサカの居酒屋「‐陽(ひなた)‐」さんの方で飲んでます!来たい人は是非に!!」
‥‥‥
何してくれてんの、あの人。
ま、まぁ多分来るような人はいないと思いますけど‥‥‥あんな疫病神の見物になんて。
それならいいんだけどさ‥‥‥いや、でも注意はしといたほうがいいかな、やっぱり。
いえ、そうでもありませんよ。あれは自分が悪くても逆切れするタイプですから、下手に手を出さないほうがいいかと。
なにそれこわい‥‥‥
うがぁぁぁぁぁ!だぁれもこねぇぇぇぇ!!
‥‥‥
‥‥‥今の声って
うん、そのニジルさん。とりあえず騒音は駄目だって注意してくるから。バイトさん、他のお客さんに何かいわれたら僕の代わりに謝っといてね。
あ、店員さん!? 酒、酒持ってきて!! 今ちょっと気分悪くて!!!
お客様、あまり店内で騒がれると他のお客様のご迷惑になるので‥‥‥
あ゛ぁ゛!? 俺アニメ化作家よ!?
(化けの皮が丸裸だな、これ)
‥‥‥分かりました。今持ってきますので「お静かに」お待ちしてください。
ビール、3分な!
(ぬるビール出してやろうか、この)
お疲れ様です。
はい、お疲れです。 まともに相手してるのがつらいね、あれは。
それがダラズルニジルなので‥‥‥
どうにかしてお引取り願えないかなー、あれ。
手出しは厳禁ですよ。今は近づいただけで噛み付きそうですから。
はぁ‥‥‥
ちょっと店員さーん!? 今すぐこっち来てー!!
ご指名ですよ、ほら。
やっぱ、変わってくんない?
嫌です!!
‥‥‥‥‥ ‥‥‥‥ ‥‥‥ ‥‥
はいなんでしょーかお客様。
お、来た来た。はいこれ。
(‥‥‥なにこれ? 汚いサイン?)
とりあえず、それあげるね。 あと今日はもう帰るから。
は? ちょ、ビール‥‥‥
んじゃ、お勘定たのんまーす!!
はーい! (店長、ここは早く追い出したほうが得です)
それじゃあはい。
はいはい。計5920円になりますね。
んー、飲みすぎたかなーあっはっは。 ほい6000円。
それでは80円のお釣りになりますね。
ほいほい。 それじゃー!
ガラララッ!
‥‥‥
‥‥‥
バイトさん。
はい。
ちょっと外に塩撒いといて。僕はあのサインのようななにかをどうにかするから。
はい!
メラメラメラ‥‥‥
消えろ、悪夢よ!
ヒュッ‥‥‥ゴウッ!
‥‥‥よし、処分完了。まったく、二度と来ないでくれるとありがたいね。
酒は毒にも薬にもなる。 だが、酒を飲んでも癒せぬ毒を放つ人間というのもまたいるのだ。
人を貶め、己は驕る。 そのような毒に、我々はなりたくはないものだ。
数日後――
ちーっす、また来ましたー!
来るなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!