昔々、あるところに広大な領地と兵力を持った武士の頭がおりました。
しかしある日、部下の裏切りによって領地と兵力のほとんどを奪われてしまいました。
その後彼は武士の世の儚さを嘆き、武士をやめて出家することにしました。
しかしその頃は仏教も乱れており、自分の居場所を見失った彼は悟りを開くための旅に出ることにしました。
険しい山に登ってみたり…
荒れる海で泳いだり…
いろいろなことをしてみましたが、なかなか悟りを開くことができませんでした。
そしてある夏の日…
彼は山を覆う森の中を歩いていましたが、途中で道に迷ってしまいました。
もうだめだ… 道がわからないし、持っていた水も食糧も尽き、体力の限界…
結局悟りを開けぬままこんなところで野垂れ死にか… フッ没落した者にはふさわしい末路だな…
バタッ
さらばだ、この世よ…
しかしその時、倒れた彼の目の前に現れた者がいました。
ヒョコッ
…? なんだこの虫は…
…なんと鮮やかな体色だ。 う、美しい…ハッ!
バサッ
スタッ
チラリ
…………
トタタタタ…
チラリ
…もしかしてお前は私をどこかに導こうとしているのか?
どうせ一度死んだ身。どうなろうと悔いはない。着いて行ってみるか。
それからしばらく…
彼が近づく→その虫は少し飛んで距離を置く→振り向いて彼が着いてきているかどうかを確認→彼が近づく… の繰り返しが続きました。
彼は体力の限界でふらふらになりながらも必死に着いて行きました。 そして…
…ハッ!?川だ…川に着いた!
ゴキュゴキュゴキュ… ぷはー!生き返った心地だ! そして川を下って行けば必ず下山できる!私は助かったんだ!
美しい虫よ、お前には感謝する…ってもうどこかへ行ってしまったのか。 それにしても道しるべをしてくれる虫がいるなんて驚いたなぁ。
その後彼は無事に下山することができました。 そして下山と同時に、念願の悟りを開けたのです。
今まで虫は弱くて下等な生物だと思っていた…しかしそうじゃあなかった。虫には未知の可能性がある。
そして、世の真理を知るためには自然の深い観察こそが最も大事だということを理解した。
つまり人々を救う教えとは、偶像崇拝や念仏を唱えるのではなく、自然を知ることで真理を見極め苦から脱するというものだ!
これが私の悟り!この思想を世に広げて平和な世にしてみせる!
こうして彼は仏教の新たな宗派、道標宗(どうひょうしゅう)を確立しました。
この宗派名は、あの虫が道標(みちしるべ)をしてくれたことに由来します。
しかし当時の世は自然に関する知見が乏しく、彼の思想を受け入れる人はほとんどいなかったので、道標宗は短期間で歴史から消えてしまった…
というのが先日発見された書物の内容です。先生、これは歴史学・宗教学上研究するに値する内容でしょうか?
その書物以外に全く名が出てこない極小宗派じゃあ研究する価値はないだろうなぁ…
結局、悟りを開いた結果生まれた思想は、自分がどれだけ素晴らしいと思っていても他者が理解できなければ意味がないのである。
人々がわかり合うというのは難しい。
しかしそんなことはおかまいなしに、今日もミチシルベことハンミョウは生きている。