ねえ、知ってる?
なぁに? なんの話?
……何がだ?
この橋のうわさ。
うわさ?
いや。生憎、噂話には疎くてな。
へっへ~ん! 知りたい? どうしても知りたい?
うんうん、知りたい知りたい!
別に、どうしてもというほどは。
そこはどうしてもって言ってよ~!
そうだそうだ~!
……どうしても。
よろしい。
この橋ね、ずいぶん古いでしょう?
まあ、言われてみれば。
この橋はね、昭和の初期に架けられたものなの。
そう……なのか……?
うん。ひいおばあちゃんが子供の頃にはもっと川下の、遠くの橋を渡ってたんだって。
ふーん。
ふむ。それで?
でも、やっぱりこの辺りに住んでる人は、行き来するのに不便でね、橋がほしいなー、って。
まあ、ちょっとした公共事業になっていいんじゃないか?
ふっふ~ん。 違うんだなぁ、それが。
なんかむかつくな、その言い方。
怒らない怒らない。
この橋はね、とあるお金持ちの人の出資で作られたんだよ。
金持ち?
そう。その人はね、外人さんだったの。ヨーロッパの方から日本にやって来て、この村に住んだんだって。
へー。初耳だな。
ん……まぁね。私も、ひいおばあちゃんに聞くまで知らなかったよ。
……? それで何なんだ。 それだけじゃ噂でも何でもないぞ。
んと、ね。 その出資した外国人さんは、この橋のおかげで村の仲間になったの。
昔は日本在住の外国人なんて珍しかったろうし、そういう出来事がなくちゃ馴染めなかったってことか?
そんな感じ。
でもでも、それからはみんな仲良しになるんだよね。
……続きは?
……その外人さんにはね、娘さんがいたの。とっても可愛い娘だったんだって。
……。
その娘には好きな男の子がいて、いつもその子の後を付いて回ってたって。
「ついてくるなよガイジン!」って、いつもぶっきらぼうに言って、それでもいつも一緒にいたって。
……その表情だと、明るい話ではなさそうだな。
その頃、日本はどんどん戦争ムードになってって、外国の人は差別されるようになって。
……ほとんどの人は、自分の国に帰ったの。当たり前だよね。みんな生まれた国が大事だもん。
……その一家は帰らなかったんだな。
……うん。それを褒める人も少しはいたけど、みんな、敵国のスパイだって差別したって。
ひいおばあちゃんはね、いやだったって。差別なんておかしいって、村の恩人なのにって。
でも、差別はどんどん酷くなってって。
ある朝、村の人が見つけたの。
娘さんの、首吊り死体を。
……。
橋の欄干に帯を結び付けて、飛び降りたんだって。泣いてたって、言ってた。外人さんの両親も、それに。
その娘が好きだった、男の子も。
その前の日にね、その娘、告白したんだって。
どうしても生まれた国に帰らなくちゃならなくなって、お別れの前にって。
……そのお別れが悲しくって、やり切れなくて、つい、言っちゃったんだって。
「お前なんか大嫌いだ、異人なんてみんな死んじまえ」って。
そしたら本当に死んじゃった。
……全然笑えないぞ。
わかってる。でも、笑わなくちゃ泣いちゃいそうなんだもん。
……。
……続き、あるんだろ。
う……ん……。でも……。
……今さら、やめるなんて言うな。
……聞いたら、多分、後悔するよ。
……それでも、ここまで聞いた以上は、この村に住んでる私にも聞く権利と義務があるだろう。
……その娘、暴行されてたの。
……。
犯人は、村の人だって、ひいおばあちゃんは言ってた。
……その犯人は?
……一人じゃない。たくさんいた。でも、誰も捕まらなかった。何人かは、殺されたって。
殺したのは、死んだ娘が好きだった男の子。犯人が許せなくて、自分が許せなくて、殺したんだろうって。
……救われない話だな。
うん……。 だからかな。村の人はみんな、全部なかったことにしたんだって。
この橋ができた由来も、ここで女の子が自殺したのも、その後に起きた事件も。ぜんぶ、ぜんぶ。
……情けない。そんな奴らの子孫だってのか、私らは!
……。
……怒鳴っても、しょうがないよな。 もう全部、終わった話だし、な。
……出るんだって。
出る?
その娘の幽霊。
幽霊? そんな非科学的なことをまだ信じてるのか、お前は。
幽霊はいるよ! 非科学的ってなんだよもう! バカバカバカ!
そう怒るなよ。
だけど、もし。本当に幽霊なんてものがいるなら、訊いてみたいな。
彼女を死に追いやったこの村を、この村に住む私達をどう思っているのか。
たとえ、それが恨みつらみであったとしても、私は彼女と話してみたいと思うよ。
そうだ、ね。友達になって、いろんなお話、したいな。
恋のお話とか、ケーキのお話とか。たくさんたくさんして、仲良くなりたいね。
ああ。……そろそろ行こう、ずいぶん長く話し込んでしまった。
うん。
……これからは、この橋を渡る時には感謝をしなければな。
ありがとーございます。
それと、ごめんなさい。
また帰り道に渡らせてもらう。
うん、またね。
……きっとね。
誰も悪くなんてなかったんだよ。
ただ、ちょっとだけ。
ちょっとだけ、間違えちゃっただけ。だから、ね。
笑って、幸せに生きて、ね?
それだけが私からの、おねがい。






