涼子!ちょっと涼子、どこに行くの!?
何?お母さん?
何?じゃないわよ!こんな時にどこに行くつもりなの!?
お母さん。
私ね、行かなきゃいけないところがあるの。
行かなきゃいけないって……もうそんなものは関係ないのよ!
何で?
何で?
あなた、今の状況がわかってるの?
もうすぐこの地球に大きい隕石が落ちるのよ!
地球上の生物全てが絶滅するって……
テレビでも言ってたじゃない!あなたそれを聞いてないの?
聞いてたわ。
かつてないほどの隕石の軌道に地球があるって、
ニュースでひっきりなしじゃない。
だったら……だったらなんでどこかに行こうとするの!?
あなた、最後まで家族と一緒にいようって思わないの!?お父さんもずっと家にいるって……
あのね、お母さん。
私ね、それでもやっぱり行かなきゃいけない所、そしてやらなきゃいけないことがあるって思うの。
やらなきゃいけないこと?それって何?
私が、隕石を打ち返すのよ。このバットで。
……え?
何を言ってるの?あなた……
私はおかしなことは言ってないわ。
よ……よく考えてご覧なさい。そんなもので隕石を打ち返せるわけ無いでしょ?
やってみなくちゃ、わからないわ。
ムリ!どう考えてもできるわけないでしょ!
それより涼子……ちゃんとお家にいて。
お父さんもお母さんも、みんなで最後までこの家にいようって決めたでしょ?
街は今暴動で危険だし、
隕石を歓迎する会にも参加するって決めたのに……
お母さん。私はね、
何もしないで破滅を迎えるのはイヤなの。
どうしようもない危機にさらされているのはわかっているわ。
その情報がいかに正しいかも。
お母さんとお父さんが私を家においておきたい理由も痛いほどわかる。
そして……このバットでは、おそらく隕石を打ち返すことなんてとうてい無理であることも。
なら……なんで……
まだ私は生きているから。
隕石が来ることによって、私の命のタイムリミットが具体的に理解できるようになったわ。
でもそれは私達がこれまで無視してきたこと。
はじめから寿命は決まっているのに、それを無視してたから、具体的に決まって慌ててるんだわ。
私たちのやるべきことはおそらく変わらないはず。
生きるために出来る限り最善をつくす。
やれることがあれば全てやる。たとえそれがどんなに無駄なことであろうとも。
それが、生きてるってことなんじゃないかしら。
……
ムリよ……
今回はどうにもならない事なの!
世の中にはどうにもならないことだってあるの!
私は、
それでもなんとかしたいの。
だって私はお母さんやお父さんに生きていてほしいから。
そして私も生きていたいから。
そのためにできることをやる。これは私が決めたこと。
私が生きているうちに、生きるための努力をする。
おかしい?
……
……
……おかしいわ。
おかしいけど……私があなたに言えることはもうないみたい。
……
ええ。
他人に理解してもらおうとは思っちゃいないわ。
私は私のやりたいことをやる。
それは、誰にも邪魔はさせない。
もう決めたの。
……
じゃあ、そろそろ行くわね。
安心して、必ずみんなを助けるように努力するわ。
……
じゃ。
……
(そう言って涼子は去っていった。右手にバットを握りしめ)
(私は、親として彼女を止めるべきだったのだろうか)
(わからない)
(一つだけわかることは)
(涼子が冗談半分で言っていなかったということだけ)
(私は、涼子が見えなくなる前に家の中へと戻った。名残惜しそうにみていたくなかったからだ)
(……)
20XX年X月X日
地球に隕石が落ちた。
その隕石が落ちた衝撃は地球全体に広がり、
一瞬にして地球上の全生物が死滅したという。
言い伝える存在がおらず、何故そのようなものが残っているかは定かではないが、
ある話が残っている。
「その日、世界中の人々が空を見上げ最後に見たものは、」
「大きな大きな、とても大きな丸い球と、」
「その球を跳ね返さんばかりに大きい”バット”だったという」