ふーん。ここがそうなのね?
そうみたいですね。マスター。
古の太古より口伝で伝わる魂のソウルダンシング、〈霊魂乱舞〉がある場所は……!
きゃー! 言葉の意味を重複させるマスター素敵ーっ!
ふふん。魔法使いは言葉のスペシャリストでないといけないのよ。これぐらい、朝飯前の歯磨きくらいよ!
きゃー! 言ってる意味はよく分からないけど、マスター素敵ーっ!
ところでマスター。その〈霊魂乱舞〉ってなんなんですか? 珍しもの好きなマスターが欲しがるくらいですから、きっとすごいものなんですよね?
あ、もしかして世界征服できちゃうくらいのものなんですかー!
あっはっはっは。そんなものじゃないよ。そんないいものでもないし、面白いものでもないさ。
えー、そうなんですか……。
なんだ? えらく露骨にがっかりするじゃないか。
だって、マスター。考えてみても下さいよ。私は使い魔なんですよ? 使い魔と生まれたからには、一度は世界を混沌の闇に落としてみたいと思うじゃないですか。
いや。思うじゃないですか、って言われてもね……。
はあ……。まったく、私のマスターはどうしてこう野心とか野望がないんでしょうね……。
山とかこう、ズガーンッ! って壊すことだってできるのに!
それなのにそれなのに……! どうして学校の先生とかしてるんですか!!
そりゃ、働かないとお金が手に入らないからに決まってるじゃないか。
もー! もっと、もっとこう、魔法使いらしいお仕事だってあるでしょう! マスターはズバババーンッ! って大地を割ることだって出来るんですから!
(……うちの使い魔ちゃんはかわいいことには定評があるけど、過激なのが玉に傷だね)
職業に貴賤はないし、私に似合う似合わないなんて無意味だよ。大体、私は小さいころから先生になりたかったんだ。今はもう、夢が叶って満足なのさ。
えー、だったらマスター。どうして魔法使いにもなったんですか?
……うーん、ああ、それは……。
それは?
……しゅ、趣味、かな……?
はい?
えっとぉ……、よく聞こえなかったんで、もう一回言ってもらっても……いい、ですか……?
だから……、趣味だって。
ええっー! 趣味で魔法使いになれちゃうもんなんですか!?
趣味で地面砕いたり、海を割ったり、空を裂いたりしちゃうんですか!?
趣味で神様に説教したり、魔王に土下座させたり、女神に炊事洗濯させたりしたんですか!?
趣味で――
そこまで!
さっきから聞いてれば、まるで私が破壊を好む悪逆非道な魔人みたいじゃないの!
えー、だってぇ……。
趣味で魔法使いやってるならぁ、今までに壊したり破壊したりしたあれやこれやなんかも趣味、ってことになるじゃないですか。
(……なんでそんなに壊したことを前面に押し出すかねこの使い魔ちゃんは。使い魔ちゃんの私のイメージってそういう感じ?)
まあ、確かに魔法使いは趣味でやってるけど、受けた依頼や仕事は趣味じゃないよ。真摯な気持ちと姿勢で取り組んでるもの。
なるほど。真摯な気持ちと姿勢で内に秘めたる破壊衝動を発揮・発散してるんですね。
理解しました!
だから私を「壊すの大好き! ウォーブレークダウン!」みたいなキャラにしようとするのをやめなさい。
とんでもない! マスターは偵察兵なんかじゃありません! 破壊大帝です! メガトロン様ですっ! それもビーストの方!
しかもビーストの崩壊! いやいや、方かい! わたしゃ千葉トロンか!? それはある意味光栄ではあるけれども! だけどそれはそれとして!
だ・か・ら! 私を破壊の権化にみたいに言うのはやめなさい!
だぁーってぇ……。
……その時のマスター、ものすっごくカッコいいんですもん……
え? えぇ?
心を静かに、気持ちを集中して呪文を唱える真剣な顔も。
………………。
集まる魔法力(ちから)を一身に蓄え、一心にまとめるその姿も。
………………。
蓄え、集め、己の望む形に魔法力(ちから)を練り上げる真摯で一生懸命な黄金の精神も。
………………。
そして、自分の意志で世界を作り変えるべく、魔法を放つその一瞬……!
全ての事象を従え、捻じ曲げ、創造するあの一瞬の……!
支配と愉悦に口元を歪めて笑うマスターの顔が、最っっっっ高っーにっ! カッコいいんですっ!
……はい?
もうなんて言うんですかね! 世界よ私に跪けっていうか、勝利は私のためにあるっていうか、私が全ての王だっていうかですね!?
もうもうもう、本当に支配者! っていうか、世界の誰もがマスターに「Yes, Your Highness!」って言いたくなるっていうか!
とにかくすんごい、なまらものすごいオーラがあってですね!? 今風の魔法使い(ウィザード)っぽく言っちゃうとチョーイイネ! マスター、サイコー!って感じです! 最後の希望です!
…………。
あれ? どうしましたマスター? さっきから何もおっしゃいませんけど?
あ、私があんまり褒め過ぎるから、ひょっとして照れちゃってます? もう、マスターはかわいいなあ。
ちっがうわよ! 呆れちゃったのよ! 支配と愉悦? そんなこと考えて魔法使ったことなんて一度もないわよ!
さすがマスター! 無意識無自覚に王者の風格を漂わせるなんて素敵ーっ!
……はあ、もういいわ。
今日はもう帰りましょう。
ええ!? <霊魂乱舞>はどうするんですか!
今日はやめとくわ。なんか、興が削がれちゃったもの。
えーっ! あんなにたくさんのトラップを潜り抜けてここまで来たのに?
あれだけいっぱいの罠を無効化してここまでやってきたのに!? 諦めちゃうんですか! ここで試合終了ですか!?
別に諦めたわけじゃないわよ。気が変わっただけ。
それにあの程度の迷宮、一度解いちゃえば二回目以降は苦にならないわ。何がどこにあるか全部覚えたしね。魔法使いに同じ技は通用しないのよ。
……………。
(あれ? いつもだったら「きゃーっ! さすがマスター! 黄道十二宮もあっさり通過しちゃいそうなところが素敵ーっ!」とか言い出だしそうなんだけど……?)
……怒ってますか、マスター……?
? どうしたのよ、急に。
あ、あの、わ、私が調子に悪乗りして言っちゃった言葉とか態度とかに……
……それのせいでやる気無くしちゃったりしちゃいました……?
………………。
私もいけないな、とは思ってるんですけど……マスターとのお話はとっても楽しくて、テンション上がっちゃって、ついつい調子に乗って、余計なことまで言っちゃって……
ふっと我に返ってはいっつも後悔して。次はこうならないようにしようと思うんですけど、やっぱりできなくて……
………………。
本当……情け、ない……、で、す……。ぅぅうぅ……。
(……まったく、この子は変なところで真面目なんだから。ま、それが可愛いんだけどね)
ぽんっ。
……マスター?
ほら、泣かないの。私は怒ってないから。頭を撫でてあげるから、気持ちを落ち着けなさい。
ふふふっ、わぁい、マスター。
ふぅ、まったく。あなたの良いところも悪いところも、全部承知してるわよ。その上であなたは私の使い魔なの。そのことをしっかりと覚えておきなさい。
マスター……。
私の性格知ってるでしょ? 嫌いなものやいらないものを近くに置いておくほど度量のある人間じゃないってことも。
マスター……!
ふん。分かったら一度戻るわよ。また気分が乗ったらここに来ればいいんだから。
はい! マスター!
今度も『二人』で、『一緒』に、来ましょう、ね?
分かってるならいいわ。
それじゃ、《帰還》!
マイ・マスター。
私を使い魔にしてくれてありがとうございます。
本当ならあの時に亡くなっていた私の命。マスターはあの時のことを今でも悔やんでいるのでしょう?
もっと上手くできなかったのかと、今でもご自身を責めていらっしゃるのでしょう?
でも、私は幸せです。
またこうやってマスターと話せて、遊べて、一緒に居られるんですから。
私を救ってくれて、合成(つく)ってくれて、使ってくれて。
マスターには感謝しています。
でも、ごめんなさい。 私、ひとつだけマスターに嘘をついています。
使い魔になる前の『私』の記憶――。あの時、何も覚えていないって言いましたけど……あれ、嘘です。
ひとつだけ、覚えてることがあるんです。
それはきっと言っちゃいけないことで……言ってしまったら、マスターは絶対に癒えない傷を負ってしまうのでしょう?
だから、私は言いません。ずっとずっと最後まで、最期まで嘘をつき続けます。この嘘を守ります。
私はマスターが大好きだから。
マスターは……私の大好きなお姉ちゃんだったから。
さて。この話はこれで終わり。
私と『妹の私』の嘘にまつわる話はこの【さいはての図書館】に置いていきます。私はマスターの使い魔。
とてもとても幸せな、マスターの使い魔だから!
マスター! 待って下さいよぉー! 使い魔の私を置いてくなんてひどいですよ!? それ! えーいっ!《帰還》!
『魔法使いと使い魔ちゃん』完