魔人さん。
あん? なんだよ?
はい。出会ってから一周年記念のプレゼントだよ。
そう言って、僕は小さな包みを彼女に差し出したんだ。
今日からちょうど、一年前に僕らは出会った。
きっかけは本当に些細なことで、僕が自分の部屋で、革張りの本を開いたことが原因だ。
ぼわんっ! とマンガみたいな白い煙とともに彼女は現れた。
我こそは世界を統べる魔人なり。人間よ。願いを三つ叶えてやろう。
……元いた所に帰ってもらっていいですか?
瞬間――倣岸不遜で尊大な笑みを、ピキッ、という擬音を書き込みたくなるくらいに固まらせる自称・魔人さん。
……確認するけどな?
あたしは次元最高の魔人だ。望めば世界だって手に入れられる。
お前はそういう幸運を掴む事ができたんだぞ? だったら……すべき事は分かるよな?
………………。
やっぱり、帰ってもらい――
うがー!
なんでそうなるんだよ! 一生かかっても使い切れない金は欲しくないのか? 誰もを平伏させる権力は欲しくないのか? 最高の女を抱きたくはないのか?
親の遺産で学園を出るまでのお金はあるし、高等部一回生で権力とか言われても困るし、好きな子もいないし。
なんだよそれ!? 男として間違ってるだろ! だったらなんであの本開いたんだよ! 何か願いがあったからだろ?
『三つの願いが叶う本』とか、本物とは思わないよ、普通。
だとしてもだぞ? こういう状況になったら願い事くらい言うもんだろう? 礼儀だろ? お約束だろ!
こういう状況で願いを叶えてもらっても不幸になるのがオチでしょ? それに願い事は自分で叶えないと意味ないよ。
うがー! 不幸だぁー! こんな聡いバカに喚ばれたあたしは不幸だぁー!
まあ、犬に噛まれたと思ってさ。
お前に言われたくないわぁー!
……決めた。
お前の願い事を必ず叶えてやる。さあ、言え。ドロドロとした欲望を解き放て!
そんな、無理しなくてもいいよ。
魔人としての意地だ。人間ごときになめられてたまるか!
必死になって遠慮する僕に、執拗に願い事を強要する魔人さんだった。
そしてそれから一年たって。
ん、ん、ん? ようやくお願いをする気になったのか?
いつもお願いしてるじゃない。ご飯作ってとか、家の掃除してとか。
あたしをバカにしてんのか? 誰でも叶えられる願いなんかは『お願い』じゃないんだよ。
変に生真面目な事を言う魔人さんだった。そんなことを言っているから、一年間も僕の『お願い』をひとつも叶えていないことになってしまうのだ。
ヘぇ、なかなかいいじゃないか。
魔人さんは包みから出てきたケルト十字のペンダントをしげしげと眺め、それをそのまま首にかけた。
似合う?
……よく似合うよ。僕の見立ても悪くないみたいだ。
バーカ。あたしが美人だから何でも似合って見えるんだよ。
そいつは悪うございました。
僕は苦笑し、肩をすくめる。それから二人で小さく笑いあった。
夕飯作るけど、何かリクエストは?
魔人さんの好きな物でいいよ。
お前のために作るんだぞ? お前が食べたいものを作るのが筋だろう。
じゃあ、ハンバーグ。
オッケー。プレゼントの礼だ。腕によりをかけて作ってやるよ。
ペンダントを軽く弾き、魔人さんは嬉しそうな軽い足取りで台所へと向かった。
魔人さんには秘密だけど、僕には叶えてもらいたいお願いがある。 ううん。最近になって出来た、と言うのが正確か。
それはきっと贅沢で、言ってはいけないお願いだ。けれどもし……もし何かの間違いで、ほんのはずみで言ってしまったら――魔人さんはどんな顔をするだろう?
願いを叶えられると喜ぶのか。そんなことを願うなと怒るのか。 いつの日かお願いする日が来るかもしれない。でも、そんな日は来ないで欲しいと思ってしまう。
『魔人さんにずっと側にいて欲しい』
そんな虫がいいお願いなんか、きっと叶いっこないんだから。