ふあぁ……朝か、起きないと……。
……。
おっと、紗希じゃないか、おはよう。
……。
……えーと?どうした?何そんなに泣きそうな顔をしてるんだ?
ごしゅ……じんさま……紗希は……。
(……何だ?何か凄く嫌な予感がする)
紗希は……今日……お別れを言いに来ました……!
っ!!な、何だと……!?
私は……ご主人様と出会えて……幸せでした……。
待て待て待て!どういう事だ……!? こういう時は……親父か!!
親父!!
来たな……息子よ。
これはどういう事だ? ただならぬ雰囲気だけど。
実はだな……紗希の婚約者と名乗る男が来てだな、『紗希を返さなければマスコミ・市民団体を動かし社会的制裁を行う』とかほざいてるのだ。
紗希の婚約者……!? そんな奴が居たっていうのか!?
紗希本人にも聞いたのだが……急に『この家を出ます』と言い出して聞かんのだ。
……その反応を聞く限り本当っぽいな。しかし急な話だな、今までそんな事聞いたことも無いぞ。
当然だ、俺だって今朝知ったのだからな。
今朝だと!?本当についさっきの話なんだな!!
あくまで電話越しの話だからな、相手の顔を見て話した訳ではない……が、自称婚約者の素性は分かった。
……そいつは「リバイバルカンパニー」の御曹司だ。
リバイバルカンパニーって……世界有数のあの大企業の事か!?
ああ、その御曹司から『紗希を返せ』と言ってくるもんだから朝から慌てている訳だ。
……親父、紗希は一体何者だ? アイツはどこからやって来たんだ?
紗希は……捨て子だ。
な……っ!?
元々の家庭はリバイバルカンパニーの社員で何不自由なく暮らしていたそうだ……。もっとも紗希が言うにはそんな暮らしは窮屈だったらしいが。
リバイバルカンパニーの社員になると様々な特権が与えられる……家もしかり、車もしかり、中には系列のレストランを無料で利用出来るというのもあるそうだ。
……って事は紗希は一般的に見ればお嬢様だった……って事か。
ああ、そうだ。そんな紗希だが……ある事件が起きた。
……紗希の両親が自殺したんだ。
っ!!……何だと……。
……。
紗希……いつの間にここに……。
……お父様とお母様は毎日激務に追われ日が経つにつれ心が壊れていきました。
仕事では平常に保っていたそうなのですが家では喧嘩が絶えず私に当たってくる事も少なくはありませんでした……。
私は……次第に居場所を失くしていったのです。
……もう十分だ、それ以上言わなくていい。
お嬢様だった紗希は両親のツテでリバイバルカンパニー主催のパーティとかに連れて行かれたんだろう?
……はい。
んでそのパーティ会場で紗希を見た御曹司は一目惚れして、何とか自分の物にしたいと思った。
……本当に婚約者って訳じゃないだろう?
は、はい!違います!私に婚約者なんて居ませんしそんな話を聞いた事もありません!!本当です!信じてください!!
お、おう……元々信じてなかったしな……そこまで必死にならなくても大丈夫だぞ?
……確かに一度御曹司の方とお会いした事はあります、とは言っても挨拶程度の会話でしたが。
俺の予想通り……って訳か。
紗希の両親が亡くなって、当然リバイバルカンパニーの特権も失った紗希は本当に居場所が無くなったのだ。
そもそも紗希の両親は有能だったが人間的にちょっと問題があったみたいだからな……、好んで関わる人間なんて居なかったそうだ。
おい親父……紗希の目の前でそんな事言ったら……。
いえ、いいんです御主人様……本当の事ですから……。
紗希……。
本来ならば親族に引き取られるんだが……何故か親族全員、紗希の親権を放棄したんだ。
そんな馬鹿な!?
言ったはずだ、紗希の両親に好んで関わろうとした人間は居なかったと。
疎ましく思ってた連中はここぞとばかりに紗希と縁を切ろうとしたんだ。
……行き場を失った紗希はそこからホームレス紛いの生活を送ってきた。
ぅ……。
そして今、俺が先を引き取り息子のお世話役に就かせたという訳だ。
……なるほど、だから紗希はあれだけ『居場所』に拘っていたのか。
私の過去は……御主人様に知られたくありませんでした。こんなに薄汚くて醜いこんな過去……御主人様に知られたら……また捨てられると思って……。
馬鹿!何言ってんだよ!!
過去は過去!今は今だ!! 過去がどうであろうと今の紗希は俺のお世話役!その事実は変わりはしない!!
よってお前を捨てる事なんてしない!もしお前を捨てる時が来たらこの家を捨てる!!それで紗希といつまでも付き合ってやる!!
ご、御主人様……。
……だから過去になんて縛られるな、どんな事があろうと俺は紗希を捨てない。 ……この事実だけじゃ駄目か?
……ごしゅじん……さまぁ……!
ほら、遠慮しないでいつも通りに来い。
うぅ……ごしゅじんさま……!!
よーし捕まえた、絶対に離しはしないからな。
……で、親父。 御曹司の件だが……まさか受け入れようとしてるんじゃないだろうな?
……。
(……何で無駄に間を伸ばすんだよ!)
そんな訳あるかあああああぁぁ!!!
紗希は我が家の一員!!何故どこぞのポンコツ小僧に渡さなければならんのだ!!
ポンコツ小僧って……おいおい……。
そんな話とっくに突っぱねてやったわ!! 『ワサビで顔を洗ってから出直して来い!』って言っといてやったわ!
地味にえげつないなおい!! 下手したら死ぬぞ!!
まあ俺の話を聞かずに紗希が突然『この家を出て行く』って言い出したのが発端だったんだがな。
……申し訳……ありません……。
俺は話を断った。後は紗希、お前が決める番だ。 この家に残るか否か……選べ。
……許されるのなら……この家に……御主人様のお側に……居たいです……。
よかろう!!俺が絶対的に許可する!!
(絶対的に許可する……って何だよ?)
後はポンコツ小僧がどう出るかだな、腕が鳴るぜ!!
暴力沙汰だけは絶対に止めろよ。
御主人様……私は……ここに居て……許されるのでしょうか……。
親父が許すって言ってるんだ、当然いいに決まってるだろう。
……旦那……様……にですか……。
はぁ……お前な、何回同じ事言わせるんだ。『俺はお前を離さないし捨てたりしない』……そう言っているんだけどな。
不安……なんです……ある日突然この居場所が無くなると思うと……!
無くならねぇよ、お前の居場所はこの家と……俺自身だ。
……っ!!
家はいつか無くなるかもしれない……だが俺が生きている限り紗希の居場所は無くならない……いいアイデアだろ?
ご……ごしゅじん……さまぁ……。
泣け、思う存分に泣いてその気持ちを全て吐き出してしまえ。 そうするまで絶対に離さん。
う……うぅ……ううぅ……。
(……これは脅迫だな。御曹司の奴、こんな事で本当に紗希を手に入れられるとでも思っていたのか?)
(馬鹿な奴だ、そんな無理矢理手に入れた気持ちなど……長く続く訳が無い)
(……今は……俺が紗希の気持ちを手に入れている、そうやすやすと渡す気は無いぜ御曹司よ……)
……この僕の……気持ちを断るとは……許さん……許さんぞ……。
今は待っていてね紗希ちゃん……今度こそ君だけを僕が幸せにしてあげるからね……。
……紗希の主人……貴様だけは……この手で……。
そして夜が明けた次の日……。
大変ですお坊ちゃま!!
な、何だ何だ!? 朝っぱらから騒がしいな!!
外に……マスコミと市民団体の連中が……!!
マスコミ……!? 一体何をしでかしたんだ親父は!?
と、とにかくお坊ちゃまも現在の状況を把握してもらいたいと思っており……外に出てもらえないでしょうか?
……ああ、行こう。
外に出ると待っていたのはカメラとマイクを装備したマスコミの連中と横幕を吊るした市民団体の連中と……。
罵声を浴びせられている紗希の姿だった。
悪魔の申し子め!! 引っ込め!!今すぐ消えろ!!
こんな良い家に住んでいて許されるとでも思っているのか!!
今すぐ出て行け!そして今まで貰ってきた金を全て差し出せ!!
う……っ!!
紗希!!
ご、御主人様!?
何突っ立てるんだ!!早くこっちに来い!!
何だテメーは!!引っ込め引っ込め!!
貴様もそいつの味方か!!
(味方とかそんな話じゃねぇだろ……!!)
こっちだ!!
マスコミと市民団体の集団を掻い潜り何とか家の中に戻る事が出来た。
う……ぅ……わたし……わたし……!
気をしっかり持て!!お前には俺がついている!! この家を出て行くことは許さねぇぞ!!
(この騒動……どうも紗希に向けられてるみたいだが……)
(まさか!これはあの御曹司が!?)
……これで終わりだと思うなよ……紗希ちゃん以外はもっと地獄を見てもらう……ククク……。