・・・起きてー!
起きて、起きてよー!! たいへんなんだよ~!
ん・・・んぐ・・・。
なんだよ・・・。 朝からうるせえなあ。
そんなこと言わないで! たいへんなんだから~。
・・・誰だ、おまえは?
比奈子だよ~。
・・・・・・。
どうしよう・・・私・・・。
・・・お侍さんに、なっちゃった。
あー・・・あれか。
新種のウイルスだか、なんだか・・・だっけ?
それそれ。 侍ウイルス。
・・・ああ、そう。
ちょっとちょっと!? なんでお布団の中に戻っちゃうの!
いや、だって・・・眠いし。
ひどーい・・・秋介くんのばかぁ。
なんだか妙な病気が流行っているせいで、世間はけっこう騒がしい。
なんでもその病気にかかると、男女を問わず侍になってしまうそうだ。
おかげで街中に侍が歩いていたりする、そんなありさまだ。
それにしても、まさか・・・。
オレの幼馴染みが・・・。
比奈子が侍になっちまうなんてなあ。
困ったもんだ。 あっはっは。
笑うなんてひど~い!
こんなことになっちゃって・・・私、けっこうたいへんなんだからね~。
悪かった悪かった。
秋介くんは、いつもそれだよ~。
妙な殺気を出すなよ。
そんなの出してないよ~。
いや出てただろ。
出してませ~ん。
・・・まったく。 オレだって、たいへんだって思ってるから、こうして病院までつきあってやってるんだろ。
うん。 嬉しいよ~。
さっさとワクチンを打ってもらって、元の姿に戻れよな。
は~・・・本当に困っちゃうなあ。
それはオレが言いたいよ。
ほら。 病院が見えてきたぞ。
う、うん。 ・・・そうだね。
グズグズしてないで、さっさと行くぞ。
ね、ねえ・・・秋介くん。
なんだ? 保険証でも忘れてきたか。
ち、違うよ。 そうじゃなくて・・・。
ワクチンって・・・注射だよね。
よくわからんけど、たぶん注射じゃないかな。
痛いかな?
痛いと思うぞ。
痛いのは・・・やだなぁ・・・。
だから殺気を出すなっての!
ええー。 私、そんなことしてないよ~。
してたよ!! あきらかにオレに斬りかかる体勢だったろ!
やだなあ。 そんなわけないじゃないの。
私が秋介くんを斬ったりするはずないじゃない。
いや、まあ・・・とにかくさっさと医者に診てもらえ。
痛いのやだなぁ・・・。
ふぅ・・・やれやれだ
おつかれさま~。
へいへい。 おつかれさまでございますよ。
それにしても、本当に・・・。
見た目は侍そのものなのに・・・。
中身はあの比奈子なんだもんなあ。
まったく・・・調子が狂うってもんだよな。
ねえ・・・秋介くん。
私、元の姿に戻れるかな?
2、3日したら元に戻るって、医者が言ってただろ。
そうだけど・・・。
もし、戻れなかったら・・・。
このままずっと、お侍さんだったら・・・私・・・。
どうしたらいいのかな・・・。
侍だからなあ。
仕官できなかったら、浪人暮らしするしかないんじゃないか。
そっ、そんなの私やだよっ。
どうして、こんなことになっちゃったんだろう・・・。
いや、その・・・。
このまま、侍の姿で・・・。
傘貼りの内職をしないといけないのかなぁ。
・・・うぅむ。
これは重症だなあ。
比奈子のやつ、かなり落ち込んでいるみたいだ。
きっとそのうち、おそば屋さんでお銚子を20本ぐらいあけて・・・。
安酒を飲みすぎたせいで、酒毒に蝕まれちゃうんだ。
まあ待て待て。
そんなことになるわけないだろ。
でも、お薬が効かなかったら・・・私、元に戻れないよね。
んなわけないだろ。 戻るって。
でも・・・。
心配すんなよ。
もし・・・その、なんだ。
おまえが、ずっと・・・その姿のままでいても、さ・・・。
オレが・・・あの、ほら・・・。
一緒に・・・そばにいてやるから。
ええっ・・・!?
秋介くん、そんなに・・・。
う、うむ。
お侍さんが好きだったの!? 時代劇マニア?
ちげーよ!! バカか、おまえは!
ひど~い。 バカって言ったぁ~。
だから殺気を出すなよ!
それから三日後────。
幸いなことに、比奈子は元の姿に戻った。
ねえ、秋介くん。
ん? どした。
あのとき・・・なんて言ったか、おぼえてる?
ずっと、一緒に・・・。
私のそばにいてくれる、って・・・。
そ、そんなこと言ったっけ・・・。
でも、今は侍じゃないから・・・。
うん。 無効だな。
オレ、侍大好きっ子だしー。 比奈子がまた侍になったら、考えてやってもいいぞ。
・・・ええっ!? そんなの、ひどいよ~。
ひどくないよ。 それに、そんなこと言ってる場合じゃないだろ。
急がないと、遅刻するぞ。
待ってよ~。 秋介くんってば~。
*** おわり ***