『博士君と陸上女』

もしね。全ての生き物が一生に打つ心臓の鼓動が全部同じなら、及川さんは未来を生きてるんだよ

何の話だか私には分からなかった。

心臓の鼓動によって時間が決まってて、ねずみも象も体感する時間は同じって言う話があるんだよ

それで? 私は人より早く老けると?

失礼な話だ。

違うよ、そうじゃなくて

それは素敵な事なのかもなって。速く走るために一生懸命になって、一歩でも速く踏み出せば、その一歩分だけ早く未来が見えるのかなって

でも、それって体感時間の話でしょ?

うん。だから、全然未来には行けないんだけど、それでも僕は走るのとか苦手だから。その光景を見る事が出来ないから

そんな会話を思い出した。

On your mark! Set! ――GO!――

その掛け声で私は走り始める。

一歩でも速く、一歩でも先へ。 届かない先へ、届くかも知れない未来へ。

や、無理だって。未来、見えないって

息を切らせて、そう呟く。

今日も楽しそうだね

え? あぁ、博士君

その呼び方、やめて欲しいな

いいじゃない。今、帰るの?

うん。それじゃあ、及川さん。部活、頑張ってね

うん。あ、そうだ

うん?

未来、見えないよ。速く走っても、未来なんて見えない

あ~、あはは……

彼は困ったように頭をかいた。でも、

未来は見えないけど、ちゃんとね現在を走ってるって気はするの。誰かより先には行けないけど、誰かの隣には居れるかも知れない

それだけでね、楽しいって嬉しいって思えるよ

そうなんだ

そうなんだよ。だから博士君もさ、今度走ってみたら? 良い運動になるよ

彼の困った笑顔が、夕日で赤く染まった。照れてるのかなって、勝手に思っておこう。

さぁ、今日もまだまだ走らないと。だって、私には走るしかないんだから。

だって、時間は止まらないんだから。

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公開日 2012/11/06 05:29 再生回数 17

作者からのコメント

変わらない日常、流れる時間。その一瞬の出来事。大切な日々を知るきっかけ。なんてね

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