地に落ちた木の葉や枝を踏む音が、森の中に響く。まるで沈黙を切り開いていくかのように。
ずぼっ。
『はぁ……はぁ……』
『だめぇ……もうぐちょぐちょ……これ以上は……はうううっ……』
『あの~……聞いてるこっちが恥ずかしくなってくるんだけど。
ていうか、単にぬかるみに足を突っ込んじゃっただけじゃん! なんでそんなやらしー言い方になるの!?』
『そこはほら、読んでいる人へのサービスっていうか。最初の掴みって大事じゃない?』
『そんなメタレベルなこと考えなくていいのーっ! もう、さっさと行くよ!』
彼女たちはとある高校の『オカルト研究会(非公認)』に所属している学生で、最近耳にしたある噂を検証するためにこの森へやってきたのである。
その噂とは、森の近辺を夜な夜な『怪物』が徘徊している、というものであった。
目撃した人物によると『怪物』は森の周囲を見回りでもするかのように、ゆっくりとうろついていたという。
奇怪な光景に呆然としていると、向こうもこちらに気づいたらしく、素早く森の中に姿を隠してしまった。
その後も幾つかの目撃情報が出回ったが、いずれも『時間帯は夜』『怪物は森の中へと姿を消した』という共通点があった。
だとすれば、怪物は昼間は森の中に潜み、夜中になると活動を始めるのではないか?
そう推理した二人は、真相を突き止めるべく、真昼間に件の森へと繰り出したのであった。
……そして歩くこと数時間。
『……勢いよく探索を始めたのに、怪物なんてどこにもいないじゃない。どれだけ歩き回ったと思ってるのよ……ぐすん……』
『そんなに落ち込んじゃ駄目だよ。頑張ってここまできたんだし、きっと怪物さんの住処も近いって』
『随分前向きなのね……私からすれば、あんたこそポジティブの怪物に思えるわ』
『えへへ。それほどでも~』
『褒めとらんわ!』
緊張感のない会話である。 しかしここで、二人は示し合わせたように足を止めた。
何かが動く音が聞こえた。二人は会話を中断し、息をひそめる。音と共に気配が近づいてくるのがわかった。
『……何かが来る!』
そして……
『………………』
『わわわっ、物凄くわかりやすい宇宙人がキターっ!』
宇宙人(らしき生物)は二人をじっと見つめたまま動かない。これが怪物の正体なのか?
すると、宇宙人はこちらをすっと指さし、何やらうわ言のようなことを呟き始める。地球の言葉ではないようだ。
途端、少女の身体が光に包まれる。悲鳴を上げる余裕すらないまま、少女は輝きに飲み込まれた。
『……………………』
『ちょ、ちょっと……どうしたのよ……』
問いかけに返事はなかった。彼女の身体は硬直し、まるで石像のように身じろぎ一つしなかった。
『ちょっと! 一体何をしたの! 早く元に戻しなさい!』
そういって宇宙人に食って掛かるも、まるで反応がない。こちらとコミュニケーションする気などないということか?
すると、宇宙人が再び口を開く。
『今、固めた女の記憶を確認した。お前たちはこの森に怪物がいると聞いてやってきたのだな?』
驚くほど流暢な日本語に思わずたじろいでしまう。 宇宙人は続けて奇妙な言葉を口にする。
『では、お前に怪物の正体を教えてやろう』
そして再び指を突きだす。刹那、彼女の身体が輝き、変化し始める。
『い、いやああああ!』
しばしの静寂が流れた。
『これで、怪物化完了だ』
身体を包んでいた光が消えると同時に少女は自分の身体を確認し、愕然とした。
彼女は、得体の知れない獣の姿になっていたのである。
『アギギ……アギ……(こ、これは一体……)』
喋る言葉は全て鳴き声へと変換されてしまう。とまどいを隠せない彼女は、身体をゆすぶり、悲鳴を上げる。
その姿はまさしく『怪物』であった。
宇宙人は満足したように、彼女へ『命令』を下す。
『この森に我々が潜んでいることがばれないよう、お前は他の怪物と共に、森の周りを見張れ』
その言葉で、少女の意識は塗り替えられていく。何故か命令に逆らえない。心まで怪物になっていくのか?
精神が人間でなくなる直前に、彼女は全てを理解する。
目撃されていた怪物とは、自分と同様に変化させられた人間なのだと。
『怪物』は森の周りの見回りついでにわざと人に姿を見せ、噂を流して近づかないようにする。
万が一侵入者がいた場合、怪物に変えて洗脳し、手駒にしてしまう。それが『怪物』の真相だったのだ。
しかし、今頃気づいても手遅れだ。彼女はこれからずっと、怪物として生きることになるだろう。
『……………………』
『怪物』となった少女の前には、硬直した友人が佇んでいる。彼女もまた、二度と元へは戻れないだろう。
そして森は再び静けさに包まれる。彼女たちの絶望を、沈黙で押しつぶすかのように。
おわり