私はおばあちゃんが好きだった。
まだ私が小さい頃――小学校に上がる前の事だったと思う。おばあちゃんの家には大きな雛人形があって、私はその綺麗な人形が大好きだった。
おばあちゃんは毎年その人形を出しては、私の頭を撫でながら一緒に人形を眺めていた。
それが嬉しくて、小学校に上がった年に学校の都合でおばあちゃんの家に行けず私が悲しんでいたら、人形の写真と手紙をおばあちゃんが送ってくれた。
その手紙は私が小学校を卒業して、雛人形に興味が無くなっても送ってくれた。もうその頃には、返信さえ書いていなかったと思う。
最後におばあちゃんに会った時は、懐かしいと思うと共に面倒に感じてしまっていた。
それほど会う機会が無くなっていて、いつの間にかおばあちゃんは耳が悪くなっていた。同じ事を何度も耳元で繰り返さなければならなかった。
もしかしたらこの頃にはもう、痴呆が始まっていたのかも知れない。おばあちゃんの家から帰ってきて、溜め息をついてホッとしたのを覚えている。
そして今日、私は久しぶりにおばあちゃんに会う事になった。
「もうずっと寝た状態で、起きてる時間が少なくなってきたから……」
母は最後まで言わなかったけど、どう言う事なのか私にも分かった。それくらいには私も成長していた。
おばあちゃんの掌に心地よさを覚えていた時とも、折角の手紙を煩わしく思っていた時とも違う。初めて自分が、大人になった気がした。
病院の入り口で面会の記入をする。手間取っているのは、緊張の為か、後ろ暗さの為か、慣れていない為か。おばあちゃんの笑顔を不意に思い出した。
母から聞かされていた病室へと向かうために、エレベーターに乗る。あの掌の温かさを思い出した。
そして廊下を歩き、病室の前のドアを手に取り息を吐く。一緒に眺めた人形の行方が気になった。
あ、来たわね
「うん、ちょっと遅くなっちゃって」
ほら、おばあちゃんに顔を見せてあげて
そして覗き込んだおばあちゃんの顔は私の記憶とはかけ離れていて、ちょっと戸惑った。
その頭を私は撫でる。いつか私にしてくれたように。
けいちゃん? 来たのかい?
「うん、来たよ」
おばあちゃんが目を覚ました。
そうかい。お人形さん出してあげないとね
耳が遠いはずなのに、ちゃんと会話が出来た。
「うん、ありがとう」
綺麗になってね。お人形さんみたいだよ
久しぶりなのに、私だと分かってくれた。
三月三日、その言葉と共におばあちゃんは旅立った。
そして私は、久しぶりにおばあちゃんと大声で呼んだ気がした。
おばあちゃんが雛祭りを思い出の日として忘れなかったように、私はきっと、ずっとこの日を忘れないんだと思う。