「お待たせしましたー」
約束の日、俺は直接電話で彼女を自宅に招待をした。 なぜなら彼女に見てもらいたいものがあったからだ。 あれから一晩考えた結果、俺は彼女に小説家への夢の楽しさと難しさを教えようと思ったからだ。
「いや、大丈夫だよ。 そんなに慌てなくてもいいのに」
いそいで来たのか多少、息を切らしながらも俺の元へと走って来るなりぺこりと頭を下げて謝る奈々美に気遣いの言葉をかけた。
「いえ、それよりも見せたいものってなんなんですか?」
今日になるまで楽しみにしていたのだろう、すでに興味津々な様子の奈々美、俺は「とりあえず家の中に」と促すと彼女は「失礼します」と他人行儀な挨拶をした。
「パパ、おかえりなさい――」
「ってあれ? 奈々美お姉ちゃん?」
そう言って俺と奈々美を迎えてくれたのは娘の新子由来(あたらしゆら)。 奈々美ちゃんとは従姉妹で今日は久しぶりとも言える再会であったために互いに喜んでいた。
「由来ちゃん久しぶりー」
「ひさしぶりだね、奈々美お姉ちゃん♪ 元気にしてた? 学校はどんな感じ?」
「挨拶はそれくらいにして由来、茉莉(まつり)は?」
「茉莉さんは今はまだ缶詰状態だよ、姫さんならリビングにいるけど」
「そうか、じゃあリビングに行こうか」
そう言って、リビングへ入った俺と奈々美。 するとこの家に似つかわしくない衣類を着たひとりの女性がソファーに腰をかけて小説を読み漁っている姿が視界に入った。
「おい……」
「ああ! なんてことをするんですか! わたしの優雅なひとときを邪魔しないでください!」
「…………」
条件反射で彼女のいるソファを蹴ると積み上げられた何冊もの小説が崩れ落ち、メイド服を着た女性が眉間にシワを寄せながら俺に抗議をしてくる。
「あのですね、そういうのは自分の部屋でやってください、持ち込むのは自由ですが本を無造作に置かない、これ鉄則だろ? あ、本音は邪魔ってことだから」
「うぅ……ひどい。 わたしの本を蹴るなんて……」
この女性の名前は姫奈静流(ひめなしずる)、小説家の一人で新子家の居候の一人だ。
「まぁ、いいや。 今度からは気を付けてくださいね、それと彼女は神月奈々美ちゃんと言って俺の姪っ子だ」
「は、はじめまして! 神月奈々美と言います、えっと……よろしくお願いします!」
「わたしは姫奈静流と言います、現在は和希さん宅で居候……もといお世話になっています、わたしのことは姫さんって呼んでくださいね」
お互いに挨拶を済ませたところで本題に入る、姫さんにこれまでの諸事情を伝えるとともに俺からのお願いを依頼すると、彼女は「お任せ下さい」と右手に握り拳をつくると胸を一回、ドンっと叩いて自信を示すかのような動作をした。
「そうですね、今読ませてもらった限りではストーリーと言うよりも根本的な部分ができていないように思います」
「根本的な部分……ですか?」
姫さんは彼女の書いた作品を二~三枚読んでだけでバインダーを閉じるなりさっそく講義に入った。
「そうですね、では奈々美さんはライトノベルだけではなくて本来ある多種多様な小説を読んだことはありますか?」
「え……あ、はい。 一応は……涼宮ハ〇ヒの憂鬱や生徒会の〇在など、それ以外でなら歴史的分野ではありますけど司馬遼太郎の作品はあります」
「へぇ、司馬遼太郎とかまたなかなか…… それを読んだとき、あなたの書いたものと彼らの書いたものの違いはなんだかわかります?」
「え、そうですね…… 物語の入りた方が違うって言うか、しっかりした土台の上に物語がのってるって言うか」
「そうね、人が小説を書く上で大切なことは『今』なんです。 あなたの小説の場合、世界観がまさにその『今』なんです。 とすればその『今』がどんなものなのかを見極めなければいけません」
「その『今』もいろいろな『今』があります、例えば大学生たちが普段どういった会話しているのかも『今』だし、今の若年層たちがどんな小説が好きかなども『今』、奈々美ちゃんが今考えなければならないことは「『今』面白いものは何か」ということなの」
「なるほど……なかなか難しいですね」
「それほど、考え込まなくても大丈夫。 要は君が書いている小説を誰に読ませたいか――と言うことを念頭において他作品のいいところをマネしちゃいけないけど自分のモノにすればいいんだよ」
「店先の商売じゃないけれど、もっと積極的に貪欲にいろんなことを調べてそれを取り込み、吸収することが大事ね」
「……さすがですね、あたしに足りないことがなんだか分かった気がします。
「そのためにも重要なことがあるんだ、それは分析、解析していくことなんだ。 物語を書いていく上で「なぜこうなったんだろう」とか「こうしたほうが面白いのでは?」などの疑問が浮かんでくるよね? そういった分析できるスキルも必要になってくるんだ」
「そういうことね、今はそれを考えながらこの小説を手直ししていくと良いかもしれないわね」
「わかりました! 姫さんや和希お兄ちゃんの言ったことを参考にしたいと思います! もう少し既存作品を読んでいいところをバンバン取り入れようと思います!」
奈々美は自分に足りないものを理解できたようで喜んでいた。 しかし、ふと気がつくとすでに日が落ち、辺は薄暗くなっていた。
「暗くなってきたな、今日はこのくらいにして家まで送るよ」
俺からの申し出に遠慮する奈々美だったが、さすがに心配をかけると悪いと思ったのだろうか、少し考える素振りをみせながらも渋々承諾をした。 次に会う約束を調整しながらも無事に彼女を自宅まで送り届けたのであった――