“勇者の末代”

それは昔 強大な王が国を支配していた頃

闇の中から魔王が生まれた 恨みと憎しみをまとって魔王が生まれた

魔王は怪物を引き連れて 世に死と恐怖を振りまいた 人みな等しく絶望に落とした

だがそのとき勇者が現れた 選ばれし若者が立ち上がった

神に祝福された肉体は 傷一つつかず 病も疲れもなく 怪物どもを倒し続けた

そしてついに魔王と相対し 聖なる弓矢でその息の根を止めた

こうして世界は平和を取り戻した 勇者は王女を娶って所領を賜り 幸せな余生を送った

やがて時は流れ 王が力を失い 貴族たちが政治を牛耳る時代

再び魔王が現れた 人々に絶望をばらまくため蘇った

だが希望もまた立ち上がった かつての勇者の子孫が剣をとった

彼は復活した魔王と戦い ついには聖なる剣にて息の根を止めた

そしてまた時は流れ 将軍が独裁を誇る時代

三度魔王が現れた 復讐の念もすさまじく 将軍自慢の軍隊も一瞬で殺し尽くす

しかし闇が復活すれば光もまた 勇者の子孫も失われてはいなかった

代々受け継がれた力は衰えをみせず 魔王を追い詰め 聖なる銃で その邪悪な息の根を止めた

魔王を三度打ち滅ぼした 勇者の栄光は頂点に達した

だが人々よ忘れてはならない 魔王がまた蘇ることを

されど人々よ恐れてはならない 我らには勇者の血筋があるのだから

さあ称えよう 偉大なる勇者の血を!

……………………。

…………………………………………。

…………………………………………。

…………………………………………。

…………ぶ、ぶらぼー。

(パチパチパチ)

……偉大なる勇者。 その偉大なる勇者の末裔が……

……どうして、

どうして伝説の勇者の子孫が、 こんな貧相な2LDKで暮らさなきゃいけないのよぉぉぉぉぉぉ!!

おっと危ない。椅子を投げるのは危険ですよ。

チッ、かわしたか。

いやはや、面白い叙事詩でしたよ。 あらかじめ知っていても、当事者から聞くとまた格別ですよ。

ねえ、勇者様。

嫌味ったらしいわね。

いえいえ、それほどでも。

で、あんたは政府のなんの役人ですって?

さっき渡した名刺みてないんですか。 共和国議会の国家政治委員ですよ。

政治委員? そんなのが勇者の家になにを……

……さては、 またわたしの勇者年金を削ろうって魂胆でしょ!

いやー、ははは。 わかっちゃいました?

冗談じゃないわよ。そもそもかつて持ってた広大な所領をすでに捧げてるじゃない。 だから今、2LDKに住んでるんでしょ。

全人民のために一人が贅沢してはいけないと、共和国議会で決めたでしょう。 だから代わりに勇者年金出してますし。

その年金も! 5年前に10%カットされたわ!

そのせいでケーキバイキングに、 週に1回しかいけなくなっちゃったのに。

週一で十分でしょう?

十分じゃない! それ以外の日々、わたしはずっとケーキバイキングのことばかり考えて生きているのに!

チョコモンブランのふわっとした舌触り、 しっとり砕けるアップルタルト、 口中いっぱいに広がるホイップエクレア

ああ、思い出しただけで……!

………………。

それさえわたしから奪おうっていうの?

ええ、そうですね。 議会の予算もいろいろ削らなくちゃいけないので。

だいたい! なんでわたしが働いちゃだめなのよ!

そりゃもう、勇者様に下々の労働をさせるなんてとんでもない……

というか、されちゃ困るんですよね。 どこかの会社に勤めてみなさい。 その企業は勇者を使ってるということになるんですよ。

一部の企業だけがそんな栄誉を受けるなんてとんでもない。 何事も平等がモットーの、共和国議会の理念に反します。

じゃ、じゃあ公務員としてなんとか……

役所の受付にでも立ちますか? 国鉄の列車でも運転しますか? 水道管でも修理しますか?

そんなことをしたら、勇者を下僕にしてるって、共和国議会が汚名をかぶりますでしょう。

ですから勇者様は、 祖先の功績で与えられたこの家で、 のんびりと過ごしていただければいいんですよ。

のんびりって……いつまでよ。

そうですね、 また魔王が復活するまでですかね。

……まおう? …………そんなのが復活すると?

最後に復活したのが将軍独裁の時代でしたっけね

えーと、そのすぐあとに革命が起こって、独裁が倒されて、共和国議会が出来てから、だいたい150年くらいですか。

そのあいだ魔王なんて影も形もありませんね。 こりゃ僕らが生きているあいだは来ないかもしれませんね。あっはっはっ……

アッハッハじゃない!

……ヒマなのよ。とにかくヒマなのよ。

毎朝起きて、身支度して掃除したら、 後はテレビ見ながらダラダラしてるだけ

他になんもやることがない! ヒマでヒマでしかたがないのよ!

一日中遊んでいればいいじゃないですか

だからその遊ぶお金がないって言ってるでしょ!

いっつも議会の監視員がいるから、 むやみやたらと出歩けないし。

まあ仮にも勇者様ですから、 変な遊びを覚えられても困りますしね

飲む打つ買うなんてもってのほか。 まあケーキバイキングがぎりぎり許せるラインですかね。

じゃあなんでそれを奪うのよ!

やだなー。 だから議会の予算がカッツカツだって 言ってるじゃないですか。

あんた、どんどん馴れ馴れしくなるわね

では、学校に行ってみてはどうですか?

!?

我が共和国は教育が無料ですから、 学校ならお金なしで好きなだけ通える ……

って、おーい。どうしました?

あんた……わたしが何歳だか知ってる?

やだなあ、レディに年齢を聞くなんて、 そんな失礼なことできるわけないじゃないですか。

ちょっと待ってください。 資料で調べますから。

………………………………。

………………うわぁ。

まさか、ろくじゅ……

言うなああああああああああああ!!!

ええそうよ! とっくに教育を受ける年齢なんて過ぎてるわよ!

というか一回受けたし! まあそのときの同級生は今では…… ……ゴニョゴニョ。

一周回っちゃってますからね。

それもこれも勇者の血筋のせいよ なによ、神に祝福された肉体って

ケガや病気をしないだけならともかく なんで年までとらないのよ 老化しないというより、むしろ成長途中で止まってるじゃない

全女性の憧れじゃないですか。

あんた、その全女性の憧れを、 わたし一人だけが独占してるのって、 どう思う?

我が国の人類平等の理念に反します!

……というか、全女性のやっかみのマトですね。 いやー、はっはっは、大変だ。

他人事みたいに笑うな!

そりゃまあ他人事ですから。 おっと、テーブルを投げたら危ないですよ。

チッ。 またかわしたか。

まあそういうわけで、あなたの勇者年金はさらに10%カットですのでよろしく。

いやあぁぁぁぁぁ。 ケーキバイキングがぁぁぁぁぁ。

ま、こっちも仕事なんで。 僕だって今年は昇給なしですから。

え、エクレアさーん……タルトさーん。

それではまた。

…………。

……どうして、 勇者の家に生まれただけで…… 普通の暮らしが……

…………。

……さて。

……あれが勇者か。 ただの女の子じゃないか。

精神はティーンエイジャーのまま。僕の倍以上生きてるくせに。

勇者の肉体の効果なのか。 それとも精神が発達する経験さえ与えられなかったか。

あのまま放って置くのもな。 なんとかしてやりたいけど。

なにしろ相手は勇者だ。 下手なことしたら共和国議会が黙っちゃいない……

…………………………

…………ん? まてよ。

そうか。それなら勇者らしいことをさせてあげればいいじゃないか。

さて、そうと決まったら、さっそく申請書を作らないと。

こんにちは。 数週間ぶりですね。

帰って。

いやだなあ。 せっかく今日は素敵なお知らせをもってきたのに。

なによ! また年金を削ろうっていうの!?

もしかしてあんた。 勇者がケガも病気もしないからって、 餓死もしないと思ってないわよね。

あっ。 それは盲点……。

ふざけるなあぁぁぁぁぁぁ!!

ああ、今のは冗談です。

……本当?

はい。 今日こそは本当に素敵なお知らせなんですよ。

なによ、そのお知らせってのは。

魔王に対する威力偵察作戦です。 つい先日、議会に承認されました。

………………………………。

はい? 魔王への威力偵察?

そうです。いざというときは戦闘も辞さない偵察行為です。

で、その魔王がどこにいるのよ。

現在、どこにも確認されていませんね。

じゃあ意味ないじゃない。 わけのわからないこと言わないでよ。

いえいえ。

現在、どこにも、確認されていない。 これはつまり、いかなる場所であろうと、潜んでいる可能性があるってことです。

……つまり?

魔王を偵察しにいくという名目なら、 勇者様は大手を振ってどこにでもいけるってわけですよ。

……え?

ねえ、それってもしかして。 わたしのために……

いやー、はっはっは。 全人民の平等な幸福を守るのが、 共和国議会の使命ですから!

ありがとう!

いえいえ、どういたしまして。

さーて、そうときまったら、 さっそくあてのない旅に出かけようかな 前から憧れてたんだ!

ちょ、ちょっと待ってください! 行き先はあらかじめ申請してあるとおりに……

って、おーい!

わあ。

すごい自然がいっぱい!

はあ。 わりとどこにでもある田舎ですよ。

だってわたし、ずっと首都にいたもん。 旅行したことも無かったし。 あの家からこんなに離れたの初めて。

反応しづらいことを笑顔で言われると、 ちょっと困るんですが。

ごめんごめん。

さあ行くわよ! あの橋の向こうの建物はなにかしら。

ああ、だからそんなに走ったら……

きゃっ!

おおっと!

大丈夫だったか? 転ぶとこだったぞ、お前。

は、はい。 ありがとうございます。

あんまこの辺で見ない顔だな。 旅行か?

は、はい。首都の方から来ました。

へえ、旅行者とは珍しい。 お金持ちなのかい?

そんなんじゃないですよ。 わたしは、ゆ……

ゆ?

(……勇者だとは知られたくない)

優秀学生賞に選ばれて、その副賞として旅行がついてきたんですよ。

そりゃうらやましい。 俺なんて学校中退しちまったからな。

はいちょっと失礼。

はじめまして。

ん? どこの誰サン?

彼女の保護者みたいなもんですよ。

ふうん。 ま、ヨウコソと言っておけばいいか?

はい。ありがとうございます。 地元の方ですか?

まあね。 ここでニワトリとか飼って暮らしてるよ。

えっ、 ニワトリですか!

(ちょっと勇者様。話に割り込まないで貰えますか)

(ごめん。でも、ニワトリっての見たいし)

(見たことないんですか……)

(……わかりました、いいですよ)

(ありがとう!)

なにヒソヒソ話してるんだ?

いえ、今後の予定の調整です。 それより、ニワトリが見たいんですけど

おお、いいよ。 見せてやる。こっちだ。

……地元の者、ねえ。

ほら、これがニワトリだ。

くっくどぅーどぅるどぅー!

わあ! 可愛い!

そしてこれがブタだ

おいんく! おいんく!

ふふっ、間抜けな顔。

…………山親父を、ナメんなよ。

えっ?

気のせいだ! お次はヒツジだ!

ヒツジ!? ふわふわした生き物なんでしょ。 どこどこ!?

楽しんでいるようですね。

おや、なんだ。アンタか。

彼女が楽しめているようで、なによりです

こっちこそ可愛い女の子と一緒で、 楽しませてもらってるよ。

…………………………。

…………………………。

あなた、何者ですか。

あん? 言ったろ。俺はここでニワトリなんかを飼っている……

嘘です。

今さっき、村役場の人から、人民台帳を見せてもらいました。

へえ。 そんなのを見る権限があるってことは、アンタも共和国議会の人間か。

この村は過疎地です。 住んでいるのは老人ばかりで、あなたのような若者は10人ほどしかいません。

そしてその若者全員の顔写真も見せてもらいました。

で、あなたは何者ですか?

ふ、ふっふっふ……ははははっ!

おっと、そう怖い顔でにらむな。 嘘はついてねえよ。俺はここの住人だ。

台帳未登録の違法住人ですか?

いや、ちゃんと記載されてるよ。

俺がいくつに見える? アンタどうせ、30歳以下のページしか見てないんだろ。

………………!

……まさか、あなたは。

ま、ちょっとした特異体質だ。 他人より老けるのがずいぶんと遅い。 伝説の勇者と同じだな。

バカな。 勇者の血族はひとつしか……。

ああ、うん。 首都で保護されてるって話だな。

となると、俺はなんだと思う?

……わかりません。

この村じゃあ、 俺を魔王の末裔だって呼んでるよ。

!?

伝説だと魔王はどこからともなく現れたように言われてるが、ここの言い伝えでは違う。

魔王の血族が、人々の恨み憎しみを肩代わりして生まれるそうだ。

生きていくのが辛い。ひもじい。 政治が悪い。 こんな国などなくなってしまえ……!

そんな多くの人々の恨む心、憎む心が、俺に集まって……

ドカーン! と、魔王になる。 ……って、言い伝えだ。

……………………。

おいおい、マジになんなよ。 ただの古臭い迷信だ。 老け顔になりにくい一族を妬んでんだろ

ま、その迷信のおかげか、ここらは余所と比べると役人もずいぶん優しいしな。 迷信サマサマだ。

おっと。アンタも役人だったな。 まあこの話はできれば広めないでくれ。 俺だって税金きちんと納めてる人民だぜ

ねえー! ヒツジってこれのことなのー!?

てぐじゅぺりー。

ほいよー! 今行くー!

じゃ、そういうわけでな!

………………………………。

嘘から出たまこと、か。 まさかこんなことになるとは。

彼は本当に魔王の末裔なのだろうか?

もしあの言い伝えが全部本当なら、 将軍独裁が終わってから、魔王が出現しない理由も説明がつく。

共和国議会は人民のためを常に想い、 飢えや重税などで苦しめたことはない。

すると魔王の消滅は我々の善政の証だと、誇ってもいいのかもしれない。

だがそうだとすると、議会が慢心と腐敗に塗れ、再び人民が苦しむとき、また魔王が現れるだろう。

ねえ、 なんでヒツジは箱から出てこないの?

ヘタクソな姿をしてるからだよ。

……バオバブだって食ってみせる。

勇者様はとても幸せそうだ。

もしかすると、あの男と結婚したいなどと言い出すかもしれない。

そしたらどうだ。 勇者の血と、魔王の血が、一つになるんだぞ。

共和国議会が善政を敷いている限り、 勇者も魔王もただの老けにくい人間に過ぎない。

だが将来、悪政に堕ちればどうなる。 国を滅ぼす魔王の血と、国を救う勇者の血が、一人の人間に宿るかもしれない。

絶対に失政の許されない世界が来る。 それは望ましいものなのか?

僕は、 彼らの仲を引き裂くべきなのだろうか。

そして、もし引き裂くべきだと決意したところで……。

それが僕一人のワガママでないと、 どうして否定できるだろうか。

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Posted at 2012/04/17 05:32 Viewed 98 times

From Author

10分程度で読み終わるボリュームです。学園物を作るのに向いた素材がいっぱいだと思ったので、あえてファンタジー物にしてみました。登場人物が着てるのは学校制服じゃなくて、スーツみたいなものだと思ってください。

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