『恋人・LV1』

オレ――井沢祐一《いざわゆういち》と、斑鳩巴《いかるがともえ》が幼馴染から恋人へと、モンスターも真っ青な進化を遂げたのは、つい先日のことだ。

『まぁ、アタシはあんたのことが好きだけどさ』

などと、帰りしなにふとした拍子に零れ落ちた巴の本音。  その後にすぐさま真っ赤になって、

『あっ、いや、ちが……いや好きだけど、じゃなくてあっ、あれっえとその』

とパニックに陥った姿を見ていて始めて、オレは萌えという感情を理解したね。

巴が落ち着くのを待って、オレからも告白の返事をしてはれて恋人同士とあいなったわけだ。

そして今は、一緒に学校へ行こうと思って巴の家に向かっている最中だ。まぁ、目の前だから数秒とかからないけど。

「ぴんぽーんっと」

呼び鈴を鳴らす。しばらく待つと、玄関のドアを開いて巴のお母さんが顔をのぞかせた。

「巴ならもう行ったわよ」

「へっ」

あっれー、オレたち恋人になったはずなのになんだってうれし恥ずかしの登校シーンがないんだよ。ドラマでもゲームでも定番だろうに。

「そういえば、家の子となにかあったの? 夕飯のときに突然ニヤニヤしたり、携帯見て気色悪い笑みを浮かべたりしてたんだけど」

「あっ、オレ達、昨日から付き合うことにしたんです」

言ってなかったのかな。にしてもそうか、あいつも浮かれてたのか……やっべ、今オレすげえうれしい。

「まだ付き合っていなかったという事実にびっくりだけど、とりあえずおめでとうでいいのかしら」

「うっす、ありがとうございます」

「主人にばれない様にね。大丈夫だと思うけど、娘を嫁に出すときは相手の男は殴り倒すって言ってたから」

「その場合、傷害罪は適用されますかね」

「その前に、窃盗罪を適用すると思うわ」

「泥棒猫って、男にも使うんですかね」

「さぁ。ただ、娘を取られたとは言うから」

気をつけておこう。

「それじゃあ、学校に行きますね」

「はいいってらっしゃい。巴に帰ってきたら、詳しく話すように言っておいてね」

「わかりましたー」

で、学校なわけだが巴がいねえ。

クラスが同じだから、教室にいたやつに聞いたんだが誰も知らないときたもんだ。携帯もつながらないし、どうしたもんか。

と、右往左往しているとチャイムが鳴った。今日も一日、学生のお勤めが始まる。

「って、なにさりげなく入って来て席に付こうとしてんだ」

「うへぁっ」

チャイムと同時に教室になだれ込んでくるクラスメイトにまぎれて、見慣れた姿を見つけたので早速確保する。

ふふん、今までのオレなら見逃していたが甘いぜ。今のオレの動体視力は、狩猟者を上回るね。

むしろ狩人だな。らぶ・はんたーとか言う職業にクラスチェンジする勢いだ。

当然、ハンターの異名にかけてがっちり確保するさ。

「とりあえず、おはよう」

「おっ、おおおおッす」

「なにをそんなにあせってるんだよ」

「あっ、あせってないよ。アタシはいたってへいじょうしんさぁ」

嘘だ、と叫びたくなる。そんな彼方此方に視線を彷徨わせて手をみだりに振り回してれば、誰が見たって平常心じゃないのはわかる。

さて、どう聞き出そうかとしているところでクラスの担任が気だるげな顔で入ってくる。

あまり怒ることのない先生だが、かといって立ちっぱなしというのもまずいな。

「おっとせんせいおはよーございます。さぁさぁ、今日も授業が始まるぞー、みんな席につけー」

お前は委員長か。

しかたない、次の休み時間に聞き出すとするか。

そう思っていたんだが、甘かった。

ホームルームの後、五分休憩。

「あっ、巴」

「花を摘みに行ってきます」

一時間目の後。

「あっ、巴」

「花を活けに行ってきます」

ほんとに摘んできたのかよ。

二時間目の後。

「おおっと、花はもうないだろう」

「えっと、あっ、あれは何だ」

「そんなのに引っかかるわけが……」

「全裸の女教師がっ!」

「マジでっ!」

思いっきり殴られたんだが、理不尽だと思う。

三時間目の後。

「さて、今度こそ逃がさないぞっと」

「ぬっぬぬ――そこだっ」

「お前は翼君かっ」

スライディングする直前に、スカートの中をばっちりと網膜に焼き付けたのは役得としておく。

あれは良い物だ。

四時間目の後というか、昼休み。

オレは、一人さびしく校舎を彷徨っていた。

「さて、まじでどうしようか」

昼休みの教室には、案の定と言うか巴の姿はなかった。

「嫌われてるわけじゃなさそうだし……かといって、詳しく聞こうにもあそこまで逃げられてちゃなぁ」

携帯の電源は切られてるし、本当にどうしようか。

「どこにいるかがわかればなぁ……それか、オレのところまで呼び寄せればいいのか」

でもそれが難しい。直接は会えず、携帯も通じない。学校内にいるのは確実だけどどこだか分からないときたもんだ。

「……待てよ」

呼び出しか……ああ、最適な手があるじゃないか。学校ならではの。

「ちょうどいい、ついでだから巴にちょっかいかける奴も封殺しておこう」

オレは、放送室へと向かって足を向けた。

『あーあー、ただいまマイクのテスト中、ただいまマイクのテスト中……なぁ、これってキチンと全校に流れてんだよな。良し良し、あとで褒美にアメちゃんをプレゼントしよう』

まっ、巴が出てこないってんなら引きずり出せばいいってこった。

それじゃあ、始めるとしますか。

『コホン、えー斑鳩巴ー聞こえてたら大至急に放送室までダッシュしなさい。繰り返す、斑鳩巴ー聞こえてたら放送室まで一分以内に超ダッシュなー』

これくらいで来るとは思ってない。が、今日のオレは一味違うぞ。今朝からの恋人プレイをできなかった恨みを思い知れ。

『来なかったらこの場で、オレがどんだけ巴が好きなのかを昼休みいっぱい使って暴露大会イン放送室だから。参加資格は巴の彼氏。ってことは、当然ながらオレだけだな。おおう、オレの独壇場じゃね――なんだい、後輩。オレは巴の説得で忙しいんだ、くだらない用事なら後にしてくれ。ああ、付き合ってるよ、昨日から。おう、ありがとう』

放送委員の目が生暖かいというか、なんか尊敬とはまた違った目で見られてちょっとゾクゾク。ああ、これが見られる快楽か。

『さーて、そうこうしている間にそろそろ一分だ。さて、巴は間に合うかなー。まぁ、間に合わなかったところでまったく問題ないわけだが。全校生徒にオレ達の関係が周知されるだけのこった。むしろそっちの方がいい気がしてきたぞ。

全校生徒公認とか憧れるよな。よし、やっぱ来なくて良いぞ巴。今からオレが、どれだけラブい関係なのかを懇切丁寧に昼の時間を全部使って話してやろう。

食道のあの泥水みたいに不味いブラックコーヒーが売り切れる勢いで甘いトーク炸裂だ。まぁ、付き合い始めたのは昨日からだけど幼馴染としての期間のも混ぜれば余裕で二十四時間は語れるからな』

『チョット待ってーー!』

巴が顔を真っ赤にさせて放送室の扉を開く。意外と早かったな……チョット残念だ。

『あっ、あんたなんてことしてんのよっ』

『何ってお前が逃げるからだろうが。朝は約束してなかったからともかく、学校に来てからも逃げ続けるってどういうことだよ』

『だっ、だって……』

ぶちぶちと何事かをつぶやく巴。

そうして、おもむろに顔を上げて叫んだ。

『どうして良いかわかんなかったんだもん!』

『はっ?』

『だって、恋人だよ恋人。二人っきりになったら甘えた方がいいのかな?』

『いや、別に何時もどうりで』

『授業中とかは時々視線で会話したり?』

『いや、授業を受けようよ』

『メールアドレスは二人の名前を会わせたのにしたほうがいいのかな?』

『いや、同じ機種だから無料通話で話そうぜ』

『お互いのあだ名を呼び合ったりもした方が良いよね?』

『いや、名前で良いだろ』

『出かけるとき、手は恋人つなぎにしたり?』

『それは採用で』

まだまだ言いたい事はありそうだけど、意図は分かった。

『つまり、幼馴染から恋人になったは良いけどもどういう風に接すれば良いのかわかんなかったと』

『……うん』

『お前はバカか』

『バッ、バカじゃない』

『いや、バカだろ。世間一般の恋人がどうだか知らないけど、オレ達はオレ達だ。いきなり何もかも変える必要なんてないだろ』

『そうかな……でも、せっかく恋人同士になれたのに』

『だから、これから色々とやってけば良いだろ。手始めに出かけるときは恋人つなぎで。慣れたら、他のこともやってみようぜ』

『うっ、うん……ねぇ、アタシ達ってカッ、カカカカカカカ』

『阿修羅マンか?』

『カッ、プル、なんだよね』

『そうだよ』

何を今更って感じだな。

『そっか……えへへ、カップルかぁ……じゃあさ、その、ちょっとだけそれらしいことをしてみない』

『それらしいことと言うと』

『ちゅー……とか』

こいつはまた、さっきまであんなにパニクってたのにずいぶんと難易度の高い注文をなさる。

が、目の前で自分の恋人が目をつぶって待機状態だ。これで何もしない男がいるか

いいや、いないね。

『なら……なんだい、後輩。これから濃厚なラブシーンだから、十八歳未満は閲覧禁止だぞ。いや、出てけってここは空気を読んでお前達がだな、ああ放送の事か、知ってるよ』

『ちょっと待って。今、全校生徒に放送が流れてるとか言った?』

『ああ、言ったよ。電源切ってないからな』

『……』

『巴?』

『…………』

『おーい、マイラヴァー』

『ギャラッシャーーーーッ!』

『本日のお昼の放送は、予定を変更してとあるバカップルの会話をお送りしました』

売れたそうだよ、泥水みたいなコーヒー。

さて、改めて学校公認となったオレ達は、それからの日々をそりゃあもう全力で遊び倒した。

と言っても、今までも友人として行ってたゲームセンターに行ったり、買い物に行ったり、レンタルしてきた映画をどちらかの家で見たりとやってることに変わりはない。

ただ、今まで以上に楽しいのは考え方が違うからだと思うんだ。

幼馴染としてなら、同じ時間を共有している楽しさだった。

恋人同士だと、相手が喜んでいるのもまた楽しいってしった。

本当に、幸せだ。

幸せなんだ。

だって言うのに、そんな幸せは簡単に崩れるんだって、オレ達は知らなかったんだ。

冷たい職員室の床に両膝を着いて、無様にオレは懇願する。

「校長先生、お願いします! どうか、どうかっ!」

「アタシもこの通りに頭をさげますっ!」

「いや、あのね」

困惑した声。たしかに、良識のある大人が、オレみたいな子供に土下座までさせているという状況は外聞がよろしくないだろう。

でも、それが利用できるって言うならオレは躊躇せずに使う。そんな手段だろうと、オレは選ぶ。

オレ達にとって、必要なことなんだ。

これを乗り越えなければ、未来はない。

だから、オレは、

「どうか、校長先生っ! オレ達に追試の機会をっ!」

「お願いしますっ!」

「前代未聞ですよね、デートしたいから追試をさせてくれだなんて」

いやだって、ついうっかりと勉強するタイミングを逃しちゃったんだもん。

おかげで、全教科に赤の字ですよ。オレも巴も。

中には名前を書き忘れたのもあるからなぁ。

「交際自体は、まぁ、節度をもっているようだから容認することに異論はないですよ。でもね、学生の本分は勉学です」

「はい」

「ごめんなさい」

全面的にオレ達が悪いのは理解できる。だが、それを超えても何とか追試をお願いしないとならない。

オレ達のアバンチュールのために。

「……はぁ、仕方ありませんね。今回の補習対象者も少ないことですし、一週間後に追試の機会を設けましょう」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます」

声をそろえ、オレと巴は深々と頭を下げる。

よっしゃ、あとは赤を回避するために勉強するだけだ。

「ただし」

「へっ」

「へっ」

「全教科六十点以上。これが条件です」

「おっ、横暴です! 点数による格差社会反対!」

「そうですよ、テストの点だけで人間の価値ははかれません!」

「いいえ、妥当なところだと思いますよ。あなた達の場合、普段から成績があまりよろしくなかったですからね。この機会に、みっちりと勉強をやり直してください」

にっこりと、悪魔みたいな笑みを浮かべる。

うわぁ、教師じゃなかったら塩でもぶつけてやりたい。ところで、悪魔に塩って聞くのかな。まぁ、清めとか付いてるし似たようなもんだろ。

匿名で塩を送っておこう。

「ぐっ、ぬぬぬぬぬっ……わかりました。巴、行こうぜ。これ以上はまかりそうにないや」

「そね。とりあえず、得意科目から行く?」

「お前は何が得意よ」

「体育の実技」

「ミートゥー」

「駄目じゃん」

「お互いにな――失礼しました」

「しっかりと勉強するんですよ」

先生の言葉に、とりあえずオレ達は親指を立てて返しておいた。

駄目かもしれんが。

一週間は、お互いの家を交互に行き来しての試験勉強に当てた。さすがに今回ばかりはマジでやってるのでお遊びはなしだ。

そうして、最終日。つまりは試験の前日。

「はぁ、ちょっと休憩入れるか」

見れば、時計の針は夜の十一時を過ぎている。夕飯を食べてからぶっ通しでやってたし、少しは休まないとな。

「そうね。これ以上やると、頭から煙でそう」

「オーバーヒート寸前だよな、実際」

生まれてこの方、ここまで頭を使ったのは入学試験のとき以来だ。あーマジで頭が痛い。

「ねぇ、聞きたかったんだけどさ」

「ん」

お互いのコップに麦茶をそそぎ、片方を差し出しながら巴が遠慮がちに聞いてくる。なんだろ、試験の話なら今は勘弁して欲しい。

「あのさ、何時からアタシのこと、すっ、好きだったのかなって」

未だに言い慣れていないのか、巴は好きとかそう言う単語をすっぱりと口にすることができないでいる。

そんなところも可愛いと思うのは、絶対に惚れた弱みだ。悪い気分じゃないけどな。

「んー、何時からだろうな」

始めて会ったときかもしれない。

小学校で同じクラスになったときかもしれない。

中学のときに、ヴァレンタインのチョコをもらったときかもしれない。

高校に入って告白されたときかもしれない。

「正直に言えば、わかんねえや。気が付いたら一緒にいて、気が付いたら好きになってた。本気で意識したのは告白されたときだと思うけどさ、それでもお前と離れ離れになるってのは一度も想像してなかった」

傍にいるのが当然な存在。それが、オレにとっての斑鳩巴だった。

だからたぶん、出会ったそのときから好きだったのだろうと思う。意識していなかっただけで。

「きっと、お前があのときに告白してこなくっても、いつかオレからしてたんじゃないかな」

「そっか」

「巴は何時からなんだ」

オレだけ言うってのも、なんか負けたみたいで悔しいしな。満足げな顔をしているところ悪いが、きりきりとはいてもらおう。

「えっと、言わなきゃ、だめ?」

「聞きたいな、オレは」

巴は案の定、視線を彷徨わせ、少しだけ伸びた髪の毛に指先を絡めたり、くるくると両方の人差し指を回転させたりしながら言葉をさがしてようやく、一言だけをボソッと搾り出した。

「……一目惚れ」

ああ、テストは二人そろって全教科六十点丁度と言う異形を成し遂げて達成しましたよ。

オレ達の夏はこれからだ!

★おまけ・ある日の職員室。

「数学の採点は終わりましたか」

「あっ、教頭先生。はい、この通りに」

「例の二人は」

「んー……まぁ、ぎりぎり足りませんね」

「どれどれ……いいや、ちょど六十点ですよ」

「えっ、でも……そうですね。たしかに、ちょっと計算を間違えていたみたいです。直しておきますね」

「いえいえ、人間だれしも間違えるものですよ。では、私は私用で出かけますが後はお願いします」

「はい……あの、高橋先生」

「なんですか」

「あの二人の国語の点数、正確にはいくつでしたか?」

「……五十二点です。表記は六十ですが」

「やっぱり。教頭も甘いですね、相変わらず」

「ははっ。でもまぁ、教頭先生の気持ちも分からないでもないですよ。今の時分には珍しいくらいに純情なカップルですから」

「全校放送はやりすぎな気もしますがね」

「確かに。さて、これで全員分の採点終わり、補習者はナシッと」

「こっちもです。どうです、この後、飲みに行きませんか」

「良いですね。酒のつまみには事欠きませんからな」

――続く?

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公開日 2012/10/28 15:50 再生回数 17

作者からのコメント

はれて恋人同士になったオレ達。  今までと同じ世界でも、がらりと姿を変えてみせる。  ああ、間違いなくオレは幸せだ。とりあえず、一緒に登校しようと相手を迎えに行っちゃうくらいに有頂天。  けれども、彼女は先に学校へ行ったという。  さて、どうなっていることやら。

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