趣味は人それぞれとして、誰しもが音楽を聞くのではないか。
移り変わる流行を追いかける者もいれば、一つのジャンルにこだわりをもつ者もいる。
そして、その好きな曲を知らず知らずのうちに口ずさんでいることぐらいはあるだろう。
歌詞だとかメロディだとかが脳内に焼き付くまで反芻すると、自然とその曲を歌えるようになるモノだ。
だが『歌う』と一口で言っても、まるで意味合いは変わってきたりする。
『腹のそこから声を出すと気持ちがいい』
『愛しのあの子に何かを伝えたい』
『世の中に対して伝えたいことがある』
『歌っている自分がカッコイイ』
理由はそれぞれだが、それらの欲求はひとえに同じ行動によって解消されている。
近年はインターネット文化の発達によって、あらゆる分野での共通の欲求は問題なく発散されることとなる。
自己顕示欲である。 負のナルシズムの究極系だろうか。
技量に関係なく、一つの小さなサークルを用いていれば永久機関的にそれぞれの欲求を満たせるものだ。
匿名性の低いサイトで何らかの活動を行い、一方的に発表しては批判に目もくれずファンと馴れ合う姿は、非常に滑稽にも見えるが、
かくして、俗に言われる『歌い手』とやらが存在を確立させた。
最初は小さな枠組みの中で、傷の舐め合いをするかのように発足したそれであったが、
ネットの中で有名になったもんで勘違いした素人が平気で商業デビューをした。
それを受け、同じ夢を見て、敗れた馬鹿もいる。
一人の男がいた。
彼は平々凡々たる高校生で、しかしながらそれに気付かずに過ごしていた。
彼は、彼自身に様々な才能を感じ取っているようであったが、そんなことはない。
そんな彼は、歌い手だ。
多くの人間がそうであるように、彼は音楽にそこまでの思い入れはなく、伝えたいメッセージなんてなく、
昔から本気で練習してきたわけでもない。
ただ、彼の中にはどっしりと構えて処理し切れなくなった自己顕示欲ばかりが存在していたのだ。
歌うという行為自体は特別なものでもなく、技量や力量に差はあれど声さえ出せればできることだ。
彼にはなにもない。なにもないからこそ、歌うしかなかったのだ。
「早く歌い手になりた〜い」
彼は、昔の自分の言葉を思い出していた。 そして次はそれを改変して口に出した。
早く人気歌い手になりた〜い
なぜそんなことを言うのか、いざなってみれば思っていたより人気が出なかったからだ。
周りのチヤホヤされている歌い手とは何が違うのか――それを考えては投稿数を増やすばかり。
中途半端についた信者が、何も考えずに自分を持ち上げる。 だがそれでは飽き足らず、更に多くの歓声を求めた。
やがて多方向での活動を行うが、単純に何をやらせても微妙なので、人目につきやすくなっただけだ。
お前、『歌ってみた』ってんのやってんだろ?
普段喋らないくせに、あるクラスメイトが急に馴れ馴れしく喋りかけてきた。
普段は頭の中で見下している相手なのだが、天狗になっているのか、彼は褒められるのではないかと期待していた。
しかし、クラスメイトからかけられた言葉は一番聞きたくない言葉だった。
正直いうけど、ヘタクソなんだからやめろよ
気持ち悪いよ、お前
そう言って、クラスメイトは去って行った。
クラスメイトの言葉によるものだろうか、彼はクラスで孤立した。
嘲笑するかのようなクラスメイトのあの言葉は、自己顕示欲ばかりを満たそうとしていた彼のどの歌声よりもメッセージ性があったのだ。
…………
…………
…………
……で?
どう思う?
は!?
この作品についての感想だよ! 編集ちゃんがどう感じたのか?それが聞きたい!
そういうことですか……それならそうとハッキリ言ってくださいよ。「どう思う?」って質問、僕トラウマなんですから
過去に何があったかは今は触れないでおいてやろう。さあ!プリーズ感想!
…………不本意ながら質問しますけど、何を伝えたい作品なんですか?
……そんなこともわからないのか編集ちゃんは……
ばっ、バカにしないでください!ばーか!
バカって言ったほうがバカなんだぞ
うう……うるさいです!いいから早く質問に答えてくださいよっ!!
仕方がないから答えてやる!
『いくら構ってほしくても調子に乗っちゃダメー』ということだ!
えっ
えっ
(お前が言うなとは言えない……)
あっ、ちゃんとしたメッセージあったんですね……
さっきの嘘だけどな
…………っ!
お?やんのか?
……先生っ!やっぱこの原稿ボツですっ!!
だろな