深い闇のなかでうごめくものがあった。
一見光を宿したかのように見えるそれはかつての名残りであるのか、或いは無窮の闇を受け止めようとする小さな灯火か。
波動が伝わる。
弱々しく微弱な波動。
周囲の闇には、何の変化ももたらさない。
それでもなお物体は何かを必死で求めるよう、繋ぎ止めるよう、最期の気力を振り絞り波動を生み出し続ける。
1回、2回、3回と空間を揺らしその都度ひとつひとつ、幸福なフラッシュバックが世界を覆い、
消えゆくものの大切さ、また物体自身のもつ弱々しさを浮き彫りにしてゆくようだった。
もう、戻らない。
破片を繋ぎとめる事は、出来ない。
物体は戻らぬ時のなかで誰しもが持つであろうものを、背負わされたのだ。
他の物体を真なる意味で保護し、やがて来たる破滅をも撥ね退ける威厳は、こうしてもたらされた。
同時に真の悲しみも、こうして出来上がった。
不意に空間を物体の発したものではない、空気振動が伝播する。
それら振動はひとつひとつが異なる振れ幅を持っており、ある一定の法則に従い調和しているように見えた。
音楽であった。
厳格なる機能和声によって裏付けられた立体的構造物を思わせるようなそれは、情景としての美しさ、
また構築者の精神的力動をも感じさせぬ、絶対的で純粋なる音の美であった。
物体は構造物について何らかの理解を得ていた訳ではなかった。
しかしそれでも、身体の感ずるまま、欲するまま美を享受しているうちに、自然と先ほどの情感は消え失せていた。
物体はひと時の休息を手にしたのだ。